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幼保一元化+義務化を!

今日の参院予算委員会で、日本維新の会の平沼赳夫氏が鈴木鎮一氏のスズキ・メソードや江戸時代の寺子屋等を例に幼児教育の重要性について話していました。平沼氏はバリバリの保守で私とは全く意見が異なるのですが、幼児教育が重要だということには同意見です。

私が子どもの頃は幼稚園は就学前の1年間だけ、それまでは母親たちが運営するサークルのようなものに通っていました。幼稚園も午前中だけです。当然字の読み書きは小学校に入ってから学びました。
しかし、今は違うんですね。
小学校に入るとほとんどの子どもが読み書きは出来ているので、幼稚園等に通っていない子どもとはスタートから差があります。だから必死に親が教えなくてはいけない。もし「俺の子どもは勉強なんかできなくたっていいんだ~。何もしなくても勝手に子は育つ!」等という持論を持つようなちゃらんぽらんな親を持つ子どもの場合は私の子ども時代と同じスタートということになります(私の両親がちゃらんぽらんというわけではないですよ^^;)。
ひょっとしたらその子どもはとてつもなく優秀な人材になるかもしれない。でも親がそんな状態では育つものも育たないため、結局親と同じようなちゃらんぽらんな大人になってしまうかもしれないのです。

今、待機児童が問題になっています。
本来家の外で働くワーキングマザーを支援するための保育園だったはずが、最近は家の中で働く母親でも通園できています。
義務ではないはずの就学前の子どもたちはほとんど保育園や幼稚園へ通っています。

ここからは私の持論ですが、いっそのこと幼稚園を義務化してしまえば良いと思うのです。

前述のとおり、最近は小学校1年生の時点で読み書きが出来る子どもが増えていて、そうでない子どもとの差ができてしまっています。義務化すれば、小学校に入った時の知識レベルのスタートラインは皆同じですよね。

また、義務化の利点として、虐待等を防ぐ効果もあります。
最近、1年生になっても何の連絡も取れず本人にも会えず・・・・と、実はすでに殺害・遺棄されていたという事件もありました。幼稚園から義務化すれば、もっと早い段階でメスを入れることが出来ます。

そして、義務教育ですから待機児童問題も解消されます。

では、現在問題となっている幼稚園と保育園(+認定こども園)、幼稚園教諭と保育士の存在意義・住み分けはどうするのか?
小学校云々のことから分かるとおり、教育を求めて良いと思います。ですから、幼稚園に一元化、あるいは小学校・中学校に倣って「幼児学校」にするとか。省庁は当然文部科学省になります。
となると、幼稚園教諭と保育士は幼稚園教諭に一本化ですかね。現在、認定こども園では両方の資格を持つことが望ましいとされていますので、この資格や分野を学ぶ段階で保育と幼児教育と両方についてしっかり学べば良いのです。

一方、学校はあくまで教育機関ですので0歳児には意味がありません。
3歳未満はそれこそ親の経済状態や生活状況で必要なら託児所(それを保育所にしても良いですよね)へ預ければ良い。現在の幼稚園や保育園のように親の就労の有無や所得は一切関係なく、あくまでその親にとって必要かどうかが判断基準というわけです。

もしも幼保の完全一元化と義務化が実施されるなら、現在抱える様々な問題はすぐにクリアできます。
社会全体で子育てを支援することが真の意味で実現します。
平沼氏の主張するとおり、幼児教育を義務化(→強化)できるなら確実にこれからの日本の国力アップにもつながっていくんですけどね。



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インフォームド・コンセント:「説明と同意」

最近、歯医者へ通院し始めました。
自分で悪いと思っていた場所は問題なかったのですが、代わりに全く別の場所に患部が発覚したために通院となってしまったのですが・・・

そもそも、精神科病院を退職して以来歯科を含めた病院へかかること自体10年近くたっていて本当に久しぶりに保険証を使いました。
そして、今回身をもって感じたことのひとつに「インフォームド・コンセント」の大切さがあります。

インフォームド・コンセント:「説明と同意」
→医師が患者に対して、治療を開始する前にこれから始める治療内容について「なぜこの治療が必要なのか」「どのくらいの期間がかかるのか」「この治療をする ことによる効果はどういったものか」「治療にかかる費用等を、わかりやすく説明をし、その上で患者から同意を得ること

精神保健福祉の勉強では必ず出てくるこの「インフォームド・コンセント」という言葉・概念。言葉としては比較的新しいものだと思います。なぜなら、とくに日本では医師のことを「お医者様」・「先生」と呼ぶほど「偉い人」と思っている人が多く医師の指示には従うべき、と考えてきたからです。
しかし、時代の流れのなかで医師の指示が絶対ではないこと医師と患者は対等であること、そして医師は医療の専門家ではあるけれど治療の選択肢は患者にあること、といった考え方が主流となり、現在では医療現場ではインフォームド・コンセントは当然のものとして定着してきました。
また、この考え方は何も医療現場に限ったことではなく、様々な分野の専門家と相談者等との関係に当てはまることとして、多くの分野でその重要性が支持されています。

もう何年も医療の現場では「インフォームド・コンセント」が重要だと言いつづけてきた私が、なぜ今さら改めてそのことを感じたのかというと、今までは自分はあくまで説明する立場(専門家側の立場)にしか立っていなかったことに、本当に今さら気づいたからです。
自分であらゆる立場に立ってみない限り、本当に意味でそのことを理解することは出来ないんだということを痛感したわけですが。
そして今回自分が患者(相談者)という立場になり、これまで散々学生や相談者に伝えてきた「インフォームド・コンセントの大切さ」が、私が偶然にも選んで通院することになった歯科ではまだ徹底されていなかったようです。

私が通院する歯科を選んだ大きな理由は、診療に対する姿勢です。
なぜか医療機関は昼休みが無駄に多いですよね。
そこは探した歯科の中で日中最も休み時間が短く、平日の意味不明な休診日(たいていは学会があるから、とい理由)もありませんでした。夜も田舎にしては遅くまでやっています。また、放射線量の少ないデジタルレントゲンを使用していることも決め手の1つでした。
そのことについては乱立する歯科競争を勝ち抜くために必要な企業努力であり、今も評価は変わりません。
ただ、歯科医からの治療計画の説明もどこを治療するのかも全く説明がなく、説明を待っているうちにその日の治療が終了し間髪入れずに去ってしまい、後で自分で歯科衛生士に質問しなくてはいけないことについて少々不親切さを感じたのです。
しかも、その治療も最初は他のことばかりで、こちらから「治療はいつから始まるのか」と聞いてようやく歯科衛生士が歯科医に確認に行く、という状況でした。

少しでも通院回数を稼ぎたいだけなのかもしれませんが・・・・

健康維持のために自分の状態を知ることはとても大切なことだと思っています。
治療についても、保険適用とはいえある程度の費用と時間を要することですから、結果として多少のずれが生じたとしてもやはり事前の説明は欲しいですよね。

その点、歯科衛生士の説明は丁寧ですし質問もしやすいです。
そこが、専門知識を学ぶ段階でしっかりと「インフォームド・コンセント」の重要性について理解してきた分野とまだまだお殿様でいる分野との違いなのかもしれません。



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アウトドアを楽しむために

先日、紅葉を見に行きました。
そこで気づいたことがあります。
それは写真を撮りに来た人たちのマナーの悪さ。
急カーブが連続する場所で三脚を道路に飛び出して立てている人たちの多いこと。
撮影スポットではずいぶん前からいたであろう人たちが後から来た人に譲らず無視して撮り続けていること。

私も写真は好きですし風景の写真集を買うこともあります。そしてそこから様々な情報を得ています。
ですから、写真も写真を撮ることが好きな人たちも否定するつもりは毛頭ありません。
ただ、あまりにもマナーがなっていないのです。

また、私は以前釣りを楽しんでいた時期がありましたが、釣り人もまたマナーの悪い人が多いです。

アウトドアを楽しむ人々の中では、写真と釣りが好きな人にマナーの悪い人が圧倒的に多いような気がします。
おそらく、何か1つだけを目的としている人にそういう傾向があるのだと思います。

例えば、写真を撮るのが好きな人にとっては少しでも良い場所の確保が重要で、その1枚のためなら命を捨てても構わない、というような。だからまわりもそれを理解してくれているだろうと。
それは単に押し付けでしかないし、そのせいで事故に巻き込まれた方にとっては本当に良い迷惑です。

一方で、それだけ集中して写真を撮っているのだからどれだけその場所の素晴らしさを語れるのか、というと被写体しか覚えていないくて、例えば横に立っていた大木の存在は知らなかったり。自然をトータルで満喫したいと思う私から見ると本当に残念です。

アウトドアと一口に言っても実に多種多様で、最近はブームも手伝って本当に多くの人が様々な切り口から楽しむようになりました。
その中で、自然を相手にする以上は環境保全に関するマナーはもちろん、他人に迷惑をかけないということもとても大切です。
自分だけが楽しければ、自分だけが満足できれば良いなんて、人として下の下ですね。





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マスコミはモンスター

先日、可児市の小中学校でハエが入ってしまったパンをハエを取り除いて食べるよう指導していたことが指摘されました。マスコミは教育委員会を痛烈に批判し、教育委員会にも苦情の嵐だったとか。結局、パンを出荷した業者への注文を取りやめることと今後のマニュアルの見直しをすることでとりあえずひと段落しそうな感じですが・・・・

私を含め、今まで虫がついていた食べ物を食べたことある人は結構いるのではないでしょうか?
茹でたブロッコリーにアオムシがついていた、なんて経験ある人も多いのでは?
ハエまで食べろと言うのではありません。でも取り除いて食べることがこんなにも痛烈な批判を受けるほどひどい指導でしょうか。
私たちは実に様々な物を食べますが、そこにたいていハエはとまってますよ。牛、豚、鳥、魚、野菜。枝豆なんてカメムシの大好物です。栗にも虫が入ります。キノコにも虫がいます。山から採ってきたキノコを自分で料理するときなど倒れそうになります。釣ってきたサヨリから寄生虫が出てきたときには気を失うかと思いました。単に気づかないだけなのです。
このように、食卓にのぼるまでにはかなりの虫たちが歩いています。

外国へ旅行して、店内に虫がたくさんいる環境で食事をしたことのある人も多いと思いますが、そのときは「そういう場所なんだ」と受け入れたのではないでしょうか。ここは日本だから一緒にすべきではない?そうでしょうか?虫が許せないのは文化や風習という背景とは関係ないと思います。

もちろん、食中毒などは別の問題ですよ。

また、最近若者が勤務先で「おもしろいと思った」という理由で店内の冷蔵庫に入ってみたりアイスケースに入ってみたり、はたまた好きな芸能人のクレジットカードの明細を公開してみたり・・・といったことが立て続けに起きています。
もちろん、冷蔵庫やアイスケースに入った後は中のものを全て廃棄して消毒して・・・と大変なコストがかかりますので、入った本人を解雇しかかったコストを請求するのは正当なことです。カードの明細を公開した従業員も解雇されて当然です。
でも、冷蔵庫を完全消毒した後、閉店する理由が私には分かりません。なぜ閉店しなくてはいけないのでしょうか?(その後再開したんでしたっけ?)
そこまで求めているのは、追い込んでいるのは誰か?
問題を煽りまくっているマスコミに他なりません。
閉店までしてしまう国なんて日本くらいではないでしょうか。
そして、マスコミに踊らされすぎる国民もまたいけません。
マスコミが騒いでいることを「自分の意見」と勘違いしている人が多すぎます。

マスコミはいかに視聴者の関心をひくか、ただこの一点だけが重要なのです。なぜなら、日本のマスコミが見ているのは視聴者(国民)ではなくてスポンサーなのですから。視聴者ではなく、スポンサーにそっぽむかれないことが大切なのです。そのためには視聴者の関心をひいてとにかく視聴率を稼がなくてはいけない。だから今回のようなネタを日々探しては相手をこてんぱんに叩いて物事を大きくしようとします。そうすると、当然コメンテーターたちの発言にもかなり無理があったりつじつまがあっていなかったりすることがしょっちゅうです。

そういうことに気づくと「それはちょっとおかしいのでは?」というところに行き着くものです。

一歩引いて物事を見てみると案外冷静に考えられるのですが・・・。



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プロフィール

山村福ノ助

Author:山村福ノ助
社会福祉士・精神保健福祉士有資格。現場から少し離れたことによっていろいろなことが見えてきました。

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