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「いただきます」の意味

私たち日本人の多くは、食事の前に「いただきます」と手を合わせる習慣があります。
これは、物心ついたときには自然に身についているほど、身近な習慣です。
では、この「いただきます」と言う言葉、皆さまはいったい誰に対して言う言葉として教えられてきたでしょうか?また、子どもさんたちに教えていらっしゃいますか?

私の子供時代、小学校のクラス担任から「いただきます」の前に、「お父さん、お母さん、ありがとう。給食のおばさん、ありがとう。いただきます」と言いなさい、と指導され、その担任の年は給食の前に必ず言う言葉として定着していました。
今では、この担任が子どもたちへの教育として一番大切なことが抜けていることがよく分かります。
一番大切なこと、それは食材に対する感謝です。
私たちはたとえ菜食主義者でも必ず何かの命をいただいています。そのことに対する感謝が一番にこなくてはいけません。
マカオ等の市場では、生きた鶏が売られています。客はその生きた鶏を買って、家で捌きます。市場の様子をテレビなどで見ると、たいていの日本人は「げ、そのまま売ってるんだ・・・・」と思っているでしょう。
モンゴルの遊牧民は、馬を家族のように大切にしています。そして、弱って動けなくなったり死んでしまったら食します。
現代日本にいる私たちは、スーパーですでに小分けされたパックにある肉を買います。
以前、テレビか何かで聞いた(見た?)話ですが、そのモンゴルの方が「家族のように大切だからこそ、自分たちだけで食べるんだ。日本人はすでに捌いて肉になった状態をラップで巻いて見える状態で売っているけれど驚いた。もしも、自分が大切に思っている人が死んだら食べなくてはいけないとしたら、その人の身体を切って見せながら売ることなんかできますか?絶対に誰にも見せないでしょう。そんなこと、とてもできないから、誰にも見せずに自分たちだけで食べるんだ」と言っていました。これを聞いたとき、私は心の底からこの言葉に納得し、自分の考えの甘さを泣きそうなほどに痛感しました。
私たちが普段スーパーで買っている肉や野菜は、必ず誰かが育てたもので、それを加工する人がいます。日本人はその部分をできるだけ見ないように、考えないようにしている節があります。もっと言うと、その仕事を蔑んでいるきらいがあります。「えーそんなこと絶対できなーい!残酷~」というような言葉が聞こえてきそうです。でも、そのようなことを言う人が最も残酷ですよね。加工する仕事をする人がいなければ、私たちは何も食べられないのです。野菜だって同じです。

「いただきます」という言葉は元は仏教から来た言葉で、当然生きとし生けるものすべてのいのちへの感謝とそれによって私たちが生かされていることへの認識が含まれています。しかし、時代の流れとともにどんどん簡略化され、結果としてその意味までも簡略化されてしまいました。学校の先生が分かっていないくらいですから。

私たち人間が生態系のトップにいる以上、何をするにも必ず何かの命がその下に広がっています。
料理してくれる人への感謝はもちろん忘れてはいけませんが、その前には本当なら自由にもっと長く生きているはずの命があり、それを加工する人がいて、そしてようやく料理する人の前に届くのです。料理する人への感謝は最後で、もっともっと感謝すべき相手がいるということを常に意識しなくてはいけません。

命を奪うことで私たち人間は生きているのだから、その命への「感謝」は絶対に忘れてはいけないことです。



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野球を通じた教育

毎日暑いですね。
高校野球に世界陸上、忙しい毎日を送っている山村です(笑)

世界陸上の女子マラソン、福士選手に木崎選手はがんばりましたね!
私の「走った距離は裏切らない」という座右の銘をいただいた野口選手は本当に残念でした。アテネで金メダルを獲ってからというもの、毎年駅伝等で応援していましたがなかなか不調から抜け出せず、ようやく・・・という状態だったのに。真面目な彼女の性格を考えると、今回の大会の結果によっておそらくこれで引退を考えているのではないでしょうか。本当はもっと良い形での引退が望ましかったと思いますが・・・。今後どのような選択をするかは彼女にしか分かりませんが、この大会については、本当にお疲れ様でした。無理をせず、ゆっくり休養してほしいです。

ところで、私はプロ野球には全く興味がありませんが、いつも書いている通り高校野球は大好きです。このような人は多いですよね。それだけに、私は、監督自身の社会性のなさと監督が自己の将来のことばかり優先して選手の社会性を育てることをないがしろにしていることについて散々批判してきました。
それが、今回初めてそうでない監督を甲子園という舞台で見ることが出来ました。
大会3日目の奈良県立桜井高校の監督です。
高校紹介では、今までにない部の方針だったので結構衝撃的で、観戦していた人にとっては印象深かったのではないでしょうか。

「他尊自信」
「他人の失敗を喜ばない」
「勝ってもガッツポーズはしない」
「負けても悔しがらない」
「試合では自分たちで考える」
「甲子園の土は持って帰らない」
               ・・・・こんな感じでしたかね。

実際甲子園の土は中国の土ですしね。
点を獲っても能面のような無表情でベンチに帰ってくる選手はなんとも不思議でしたが・・・(笑)
素直に喜ぶ気持ちを抑えることが良いかどうかはさておき、監督の「野球を通じて教育をする」という方針には本当に感心しました。そして、選手たちもしっかりその教えを受け止めているという姿勢が見て取れたことも良かったですね。

以前も書いたことですが、本来なら、甲子園まで来るような高校の野球部というと、学校の担任よりも親よりもずっと監督の方が一緒に居る時間が長かったりしますので、その監督こそに選手たちの社会性を育てる責任があります。それだけ多感な10代の選手たちに与える影響は大きいということです。
私個人としては、たしかに勉強だけが全てではないと思っていますし、1つでも何か秀でているものを持っているならそれをとことん伸ばすことに人生をかけて良いと思っています。むしろ、そういう時期がある人間の方が豊かな人生を歩んでいる気がします。ただし、それだけできていれば他は何もする必要がないのかといえばそうではなくて、社会で生きていくうえで必要なことはしっかり身につける必要があります。それができていないから、高校球児に不祥事が絶えないのです(最近は元高校球児の犯罪もありましたね・・・)。

他の全国の野球部監督だけでなくあらゆる運動部監督も、ぜひ桜井高校野球部の教えを参考に、選手にしっかり背中を見せられる大人として接していただきたいものです。



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山村福ノ助

Author:山村福ノ助
社会福祉士・精神保健福祉士有資格。現場から少し離れたことによっていろいろなことが見えてきました。

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