スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

高校球児に不祥事が多い理由

今年の夏はオリンピックに高校野球に・・・と、これからますます忙しくなりますね(笑)

経験のあるスポーツはごくごく一部ですが、スポーツ観戦という意味ではたいていのスポーツに興味がありますし、応援しています。

野球については、オリンピック競技ではなくなったのはまあ仕方ないかなと思いますが、甲子園は毎年楽しみにしています。

同時に残念なのが、毎年必ずと言って良いほど全国のあちこちの名門の高校で不祥事が起こっていること。

喫煙、飲酒、暴力、等々・・・

それは部員同士だったり監督が関わっていたり様々です。

私の地域の代表も、少し前ですがありました。

上記に書いた内容ではなかったのですが。

本当にがっかりしました。

テレビの前で真剣に応援していたのに。

公にならないだけで、実際には報道以上に不祥事は多いと思います。

なぜ、高校球児にこのようなことが多く起こっているのか。

野球に限らず、バレーなどでもよく監督の行き過ぎた指導で部員を傷つけてしまったり最悪命を奪ってしまったりすることもあります。

つまり、その学校で有力な運動部ほど問題が生じやすい、と言えるかもしれません。

もちろん、生徒たちにも自覚が足りない等原因はあると思いますが、やはり責任が最も重いのは監督です。

高校生と言っても、まだまだ子どもです。

周りがしっかり指導しなければ、どんどん楽しい方、楽な方へ流れて行きます。

分別も付き始めるだけに、ずるさも覚えます。

様々な誘惑を断ち切る勇気、大人でもなかなか出せずに悩んでいる人が多いのに、多感な高校生はなおのことです。

そして、そんな生徒たちに接するのはおそらく学校の担任の先生よりも部の監督の方が多いのではないでしょうか。

学校は教育だけでなくさまざまな社会性を身につける場でもあります。

ということは、監督もただ野球だけを教えていれば良いというわけではありません。

特に全国に出て闘うようなレベルの高校になると、もう高校の中だけの問題では済みません。

部員の父兄、学校生徒、学校関係者はもちろん地域の人々、学校OB、等々・・本当に多くの人々に応援されてそこに立つのですから。

自分たちの行動を社会はきちんと見ていること、自分たちが思っているより社会の評価は厳しいんだと言うことを、監督が責任を持って教える必要があります。

不祥事を起こしたことで、どれだけの人ががっかりするか。迷惑をかけるか。
これまで必死にがんばって積み上げてきたものが、ほんの些細なことであっさり崩れてしまうことの悔しさ。
こういったことを部員たちはどのように感じているのでしょう。
そして、その教訓を今後の人生にどう生かそうと思っているのでしょう。

しかしながら、その肝心な監督もなかなか人間が出来ている人がそれほど多くないように思います。

スポーツは観ているだけでも多くのことを学ぶことが出来ます。

そのスポーツやスポーツをする人間を育てる人は、ただそのスポーツのことを知っていれば良いのではなく、スポーツを通してきちんと分別のある立派な大人に育てるんだ、という自覚を持つこともまた必要だと思います。

そういえば、柔道のオリンピックメダリストも犯罪者になっていましたね。

彼は、柔道を通じて何を学んでいたのでしょうか。

本当に残念です。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ
スポンサーサイト

DV被害者への国民年金保険料、減免措置対象に。

厚生労働省は30日までに、配偶者のドメスティックバイオレンス(DV)から逃れるため別居している人に対し、国民年金保険料の全額または一部を免除できるように省令を改正しました。ただし、本人の前年の所得が一定以下であることが条件となる、とのこと。

もともと、国民年金では前年の所得に応じて全額、3/4、半額、1/4の4段階の免除制度(申請免除)が設けられています。

ですから、この場合、第3号被保険者が籍を抜かない状態で別居していても、どれだけ加害者側の配偶者が高い所得を得ていても、別世帯とみなして第1号被保険者として、改めて前年の所得に応じた減免制度の対象となる、ということになります。

国保にしか減免制度はないので、国保加入者になるなら必然的にこの対象となるのですが・・・

この改正内容、「え、今さら?」という感じです。

別居前から自分で仕事をしていた人なら住所が変わるだけですが、仕事をしていなかった人は別居したら仕事探しから始めなければなりませんし、年齢や地域によってはなかなか仕事が見つからないこともあると思います。

もちろん、“本当にDV被害者かどうか”、ということを加害者となる配偶者に確認しない形でどうやって証明するのかという問題はあるのでしょう。

ひょっとしたら、生活保護のように円満なのにわざと住所を分けて減免の対象になる人も出てくるかもしれません・・・いえ、絶対出てきます。

それについては、どの制度をとっても必ずあることなので、申請の時点で見極める方法を見つけない限り難しいのが現状です。

ただ、本当に収入がない場合にはそれこそそのための生活保護があり、保護受給者は当然免除の対象(法定免除)となるわけですから、少しずつでも収入が入るようになっていずれ生活保護を受給しなくても良い状態になったときには、きちんと国保加入者としての権利を持てるよう制度が準備されていることの意味は、当事者にとってとても大きいのではないかと思います。

厚生年金に加入できればもっと収入も安定して落ち着けるのでしょうが・・・・

私は当事者になったことがないので、あまりえらそうなことは言えませんが、あくまで客観的に考えると、DV被害者の別居後の国保加入の権利(=減免措置の対象)はあってしかるべきではないか、と思います。


国民年金保険料の減免措置

①法定免除・・・生活保護受給者、障害年金受給者

②申請免除・・・前年の所得に応じて全額、3/4、半額、1/4の4段階の免除制度
        若年者納付猶予制度(30歳未満の若年者については、被保険者本人と
                その配偶者の所得が免除の所得要件を満たしている場合)
        学生納付特例(20歳以上の学生で、本人の前年の所得が一定以下の場合)


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

平均寿命の伸び、頭打ち?

先日、2011年の日本人の平均寿命が女性:85.90歳男性:79.44歳と、厚生労働省より発表されました。

記事には「日本人女性の平均寿命は2010年まで26年連続世界一だったが、2011年は香港の86.7歳を下回り2位となった。日本人男性も2010年の4位から8位に順位を下げた」とありましたが・・・

その原因のひとつとして厚労省は若者の自殺者数の増加、東日本大震災の影響をあげています。

原因については、もう少し今後の経過を見なければはっきりしないと思いますが、少なくとも平均寿命が伸びなかったことについて、なぜそれほどがっかりするのか・・・・

平均寿命が伸び、今後高齢者がどんどん増えるということは、社会保障費が膨大に膨らむということにつながります。

にもかかわらず、社会保障に関する問題は山積みのままに解決に向かわないままです。

介護保険も法施行から12年になりますが、要介護高齢者の止まらない増加、介護老人福祉施設(特別擁護老人ホーム)の減らない待機者。

改正のたびに無駄に複雑になっていきますが、根本は何も変わっていません。全てが付け焼刃なので仕方のないことなのですが・・・

私にとって、平均寿命が世界で何位になろうが正直どうでも良いことです。

憂うべきは、平均寿命が2年連続縮んだことではなく、一向に改革が進まない社会保障制度なのです。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

教師と学生の信頼関係

今、学生たちは実習真っ只中。

8月を前に、実習先の各施設では、あちこちの学校から新たな実習生の受け入れが始まっており、1つの施設で数名の実習生がいるような状態になってきました。

学生はもちろん大変ですが、実習先を回る担当教師も結構大変なわけでして・・・・

どこをどのように巡回するかはそれぞれの学校によりますが、私もこの暑い中あちこち動いております。

時には、学生の実習状況によって訪問回数を急遽増やすこともしばしば。

訪問にうかがうと、実習指導者の学生への指導に対する愚痴や相談を受けることもあります。
(その辺はお互い様です。)

そして、学生は、相手によって話す内容を選びます。

指導者から厳しく指導を受けたり、失敗して叱られたりした時、話さずにいる学生もいれば(こちらは指導者から話を聞いているので知っているのですが)、何でも話してくれる学生もいます。

教員には言わないことを指導者にはこっそり話すこともあります。

そんなことは百も承知なので、教員と指導者が上手に連携がとれていれば何ら問題ないと思っています。

ただし、実習そのものに対する不満や施設に対する不満、学校に対する不満等を、いきなり実習指導者には言うということはあまりないと思います。

というより、普通に考えれば、不満はまず教師に話すでしょう。

それが、あったのです。

私が関わっていない実習だったのですが、ある社会福祉施設に実習に行った学生が、指導者に対して「私、この資格取る気ないので、実習もどうでもいいんです」のようなことを。

話をしてくれた前任者は、「そういうこともあって困りました」と言っておられましたが・・・

よく考えると、それは学生ではなくて、明らかに教員と学校、そして実習指導者にも少なからず原因があります。

ひとつには、資格をとる気がないのになぜ実習をしているのか、なぜ実習させているのか、ということです。

実習はあくまで資格取得のための必須科目です。資格をとる気がないなら必要ないものなのです。

ただし、それは学校の単位取得の設定にもよるので、なんとも言えませんが。

次に、実習指導者にも少なからず原因があるのは、実習は実習先施設がないと成り立たないものだからです。

学生にとって魅力のない施設だったということも考えられますが、やはり実習指導者の指導力不足は否めません。

そして、私の今の立場上最も責任があると思っているのは実習担当教員です。

そもそも、なぜ学生は教員ではなくて実習指導者に「資格をとる気がないからどうでもいい」と言ったのか。

教員が巡回訪問に必ず来ることは分かっているし、実習に入る前の段階でいくらでも教員と話す機会はあったはずです。

なのに、そのときには言わず、実習に入ってから指導者に話すということは、教員と学生との信頼関係はおろか、きちんと対話ができていなかったということになります。

会話ではなくあくまで「対話」です。

少なくとも、その学生は担当教員を信頼していないために自分の思いを話す気もなく、「めんどくさい」実習のままだったのでしょう。

教員は、実習に入る前に学生の気持ちを受け止めるべきだったし、把握していなくてはいけませんでした。

実習先に対しても大変失礼なことです。

この話は、あくまで「過去にこんな困った学生もいて、自分も参ってしまいましたよ」という話の例でした。

困ったのは学生ではなくあなた(前任者)です。

たとえ巡回の回数が決まっていたとしても、必要なら何度でも巡回する必要があるし、それが実習先への誠意にもつながります。

そして、学生や指導者と何度でも話をするべきだったのに、学生のせいにするのは、教員として下の下です。

教室で一方的に講義をしているだけなら、学生のことを知らなくても、名前すら知らなくてもできてしまいます。

しかし、実習は学生にとっても実習先にとっても負担になることです。

それをいかに良いものにしていくか、フォローできるのは実習担当教員しかいないのに、なぜこの方はそれをしなかったのでしょうね。

学生との信頼関係を構築することは、とても大切なことです。

これがないと、巡回に来られた学生にとっても「何も話すことないし・・・」となってしまいます。

何でも学生のせいにせず、まずは自分の責任として考えることが教師にとってはもっとも重要なことだと思います。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

いじめ問題について考える。

大津市のいじめ問題が次々と波紋を呼んでいる中、新たないじめの事件があちこちで報道されています。

これだけいじめの問題がクローズアップされて、警察まで出動しているのに、なぜ自分たちの行為がいじめにつながるのではないか、と疑問に思わないのか・・・・

最近の中学生、ちょっと理解に苦しみます。

大津市の事件を含め、なぜいじめ問題がこんなにも大きくなってしまったのか。

いくつか要因が考えられます。

①学校自体の問題

少なくとも、私の子ども時代は生徒が好き勝手なことをしたり言ったりすれば廊下に正座させられたり、忘れ物をした数だけ棒で男性教師にお尻を叩かれたり・・・しました。

男子は学ラン、女子はセーラー服だったので、男子は「女子はいいよなあ、スカート(プリーツスカート)が厚くて」と言い、女子は「(女子でよかったと思いつつ)スカートだって痛いものは痛い!」と言い返す日々がありました。中学1年の頃です。

たしかに今思い起こせば「それってどうなんだろう?」と思うものも少なくないですが、それでもなぜそのようなことをさせられているのか、きちんと理由がはっきりと分かっていたので教師に対して腹が立ったり親が苦情を申し立てる、ということはなかったように思います。

月並みですが、体罰と教育(≒しつけ)の違いは、そこに愛情があるかどうかだと思っています。

今では私が経験してきたことの全てが体罰であるとして、禁止されています。

そうなると、生徒たちは教師をはじめ学校を舐めるようになります。
「どうせ何したって怒られないし」と。

そして、何をしても何もないので、行動がどんどんエスカレートしていくことはある意味必然です。

高校生になると徐々に分別がつくようになりますが、つい最近まで小学生だった彼らにとって、“叱られないこと”は容認されていることと都合よく解釈してしまいます。

痛みを知らない子どもたちが増えていることもあるのでしょう。

また、小学校と違って中学校はたったの3年です。

言い換えれば、「3年我慢すれば卒業していく」ので、学校側もできるだけ“当たらず触らず”にしていることが多いんです。

②親の問題

いわゆる「モンスターペアレント」。

以前、山でアウトドアの教室を主宰していた人が、子どもたちと山を散策していたとき、子どもがトイレに行きたくなって、仕方がないので外でするように言ったところ、親が「うちの子どもに外でさせた」と裁判を起こしたとか。
当然、親が敗訴しましたが、こんな親が多いのもまた事実です。

「競争が良くない」と成績は◎や△で表現し、運動会では1位2位をゾウさん、キリンさん、で表現する。

試験の順位は貼り出さない  等々・・・

大人になれば常に競争が付きまといます。

常に何かと比較されます。

「子どもなんだから」という理由でそれを避けていては、急に競争社会に放り込まれる方だって大変ですよ。

③教師の問題

最近は、とくに多いですよね。先週から今週に掛けて、特別な週なのかと思うほど、教師の犯罪が多いように思います。

ほとんどが、生徒を含む未成年者へのわいせつ。しかも、容疑者の年齢は20代から50代までと幅広い。

あきれて物も言えないほどのバカさ加減に、怒りを通り越してむなしさを覚えます。

元々そのために教師になったとしか思えませんよ。

いっそのこと、現在教職についている人間を丸ごと入れ替えては、とも思うのですが、きっと同じことでしょうね。

大津市のいじめ問題があった担任は、会議にも説明会にも会見にも出席せず、ずっと引きこもっているとか。

「自分の行為に責任が持てるかどうか」が、成人(社会人)と未成年との大きな違いです。

「持てるかどうか」ということは、すなわち社会人なら「持たなくてはいけない」ということです。

曲がりなりにも社会人なのだから、自分がいじめの加害生徒とともに「葬式ごっこ」に参加したのなら、それが「あるまじき行為」と社会(周囲)に判断された時点で責任をとるべきです。

教師自身は「何事もなく早く卒業して欲しい」の一心で「葬式ごっこ」に加担していたのでしょうが・・・確信犯ですね。

このような教師たちによる教育で、まともな大人が育つわけがありません。

④生徒同士の関係

よく加害者とされる生徒から聞く言い訳に、「いじめていない。ケンカしていただけ」というようなことがあります。

以前、いじめの定義に関する記事の中で、“個々の行為がいじめにあたるか否かの判断は、いじめられた児童生徒の立場に立って行う”ものだということを書きました(→こちら)。

しかし、加害者とされる生徒が本当にいじめだと思っていなかったというケースもあることを無視してはいけません。

担任の先生から「○○からいじめられていると相談があったけどどうなんだ?」と突然言われて、「え?△△がプロレスしようっていうから練習までしてたんですよ」というような会話も実際にあります。

いじめの定義に照らし合わせると、△△がいじめられていると感じていたのなら、たしかにいじめられていることにになりますが、○○の思いを考えると本当に○○だけが悪いのでしょうか。

誰が悪いというものではないような気がします。

大津市やその後報道されているいじめ問題は、おそらく確信犯によるいじめなのでしょうが、全ての生徒同士のやりとりが必ずしもいじめと意識されているものではない、ということです。

このことを第三者が見極めるのは本当に至難の業。

それだけに、本来担任の役割は非常に重要なもののはずなのです。

もちろん、子どもたちが「家に帰ったらお父さんやお母さんに何でも話す」環境を家庭が作る努力をすることも必要です。
ただ、ある程度子どもが成長してくると、必ずしも親に何でも話すわけではなく、むしろ心配させたくないからという理由で困っていることを黙っていることも多いでしょう。

家庭は家庭で子どものことをしっかりと見守って、時には本人の中に踏み込むことも必要ですし、学校もまた「親には言えないけど先生になら話せる」という関係作りが求められます。

家庭が機能不全に陥っているケースも少なくない昨今では、学校の役割はさらに増しています。

学校だけの問題ではなく、社会全体の問題としてとらえることも重要ですし、それぞれの家庭や学校が、「今自分は子どもや生徒たちとしっかり向き合えているか」ということを改めて確認する必要があります。

社会福祉や心理学の分野等では、ソーシャルワーカーやカウンセラーとクライエントとの信頼関係の構築のことを「ラポール」という言葉で表現します。

これは、一部の分野に限ったことではなく、学校教育にこそ必要なことなのかもしれませんね。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

山へ引っ越したカブトムシ

今日、先週から保護していたカブトムシを山へ連れて行きました。

外に出そうと手を入れたら必死に手を登るカブトムシ。

木に放したらさっさと手から離れて行きました。寂しいなあ・・・・
  
    元気でね   木に登るカブトムシ

もともといた場所ではない山へ連れて行ったので、カブトムシにとっては引越しですね。

私のことを大嫌いだったカブトムシ君ですが、それだけに表情たっぷりでした。

いかに私を嫌いだったのかというと・・・・

  ①私が帰宅すると、食事中でも必ず固まる。

  ②じっと見ていると、後ろを向いたまま威嚇。

  ③一昨日からパイナップルをあげていたのですが、私が見ているうちは絶対に食べない。

  ④新しいパイナップルを交換すると、私の見ていないところで移動する。

  ⑤私が水槽を掃除しようと蓋を開けて上からのぞきこむと、全身で上を向いて威嚇!

  ⑥①~⑤の行動は、私以外の人間には無反応。

昆虫は絶対になつかないし、餌付けもできません。

にもかかわらず、これだけの反応を見せられると、ついつい「これからも我が家で暮らそうか?」と言いたくなってしまいます。

でも、それは単なる人間の押し付けでしかありません。

寂しいけれど、きちんと山へ連れて行きましたよ。

私が帰るまでずっと木の高い場所でうろうろしていました。

暗くなったらさすがに移動していると思いますが。

とにかく、保護してから今日まで元気でいてくれて良かった!

心配なのは、保護してからの日々、何もしなくてもパイナップルなんていう甘くておいしい食べ物が出てきていたので、これから自分で食べ物を探せるだろうか、ということです・・・・


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

なぜ豪雨の中田畑を見に行くのか?

先週は各地ですごい豪雨で、犠牲者も出てしまいました。

私の住む地域でもほんの一部ですが床上浸水、避難地域が出ました。

被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。


このような時、いつもニュースで報じられるのは、「田畑を見に行ったまま行方不明」、「田畑を見に行ったところ流され重体」というものです。

なぜ、危険と承知で見に行くのでしょうか?

百歩譲って、農作物を守るための何らかの作業をするのなら、それは必要なことでしょう。
(ただ、豪雨の最中にそんな作業は意味がないので、やるなら事前の備えとしてですね)

でも、おそらく何もできることがないことの方が多いです。

というより、河川が氾濫したとき等は、農作物に限らず全てにおいて状況が落ち着いてからしか、作業はできません。

私も作物を育てているので、よく分かります。

それで、流されたり危険な目に遭うのはある意味やむを得ないと思うのです。

崖の下の住宅地に対して「ここは危険区域だから離れてください」と再三言われているのに住み続けて、土砂災害に見舞われても「だから言っていたのに」というのと同じことです。

作物は、大変だけれどまた育てられます。でも、人間は、その人は世界に1人しかいないんです。

そういえば、何年か前に氾濫した川を見に行った親子が流されたこともありました。

「頭では分かっているけれど・・・」というところなのでしょうか。

でも、理性が好奇心に勝てないようでは、いつか必ず大きな失敗をしてしまいます。

時には“あきらめ”ることも大切です。

自分の持つ危機意識、一度よく考えてみる必要があると思います。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

子どもたちに知って欲しいこと。

滋賀県草津市追分町の市立ロクハ公園で、カブトムシ97匹(約2万4千円相当)が観察小屋から盗まれた、という事件。

この季節になると、あちこちで農作物や高い値段で取り引きされるような昆虫の盗難ニュースが相次ぎます。

今、我が家でカブトムシを保護しているせいか、つい気になってしまった今回のカブトムシ・コクワガタの盗難ニュースですが・・・

昨日も書いた通り(→こちら)、我が家では毎年夏になると数匹のコクワガタやカブトムシを保護して山へ連れて行きます。

人間の住む場所に飛んでくるくらいクワガタやカブトムシの多い私の住む地域ですが、ホームセンターでももちろん売ってます。

それは、ニーズがあるから売っているわけですが・・・・

今回のこの事件、子どもたちにプレゼントするはずが出来なくなり、結局ホームセンターで急遽仕入れてプレゼントなしでイベントを間に合わせたとか。

何か・・・・違うような。

本当は、自分で山へ行って自然の中で過ごしているカブトムシたちを観察する機会を設けた方が、子ども達のためになる気がします。

子どもたちには、何もしなくても勝手に相手が来て自分に合わせてくれるのではなくて、自分から自然の中に入ってその素晴らしさを実感して欲しい。

“自分1番”ではなくて、人間も生態系の単なる一部を担っているに過ぎないこと、そして、命の大切さ、尊さを学んで欲しい。

算数や国語などよりも、ずっと大切なことだと思います。

私も子どもの頃、昼間に真っ暗なテントの中で蛍を見るイベントに行ったことがあります。
初めてみた蛍でしたのでそれなりに感動した記憶がありますが、結局人工的に作られた環境での蛍を見ても本当の蛍ではないんですよね。

その何年か後に自然の中で見た蛍は、水と木々が背景にあり、本当の夜の暗闇の中でした。
本当に本当にキレイでした。

人間のいる場所に無理やり連れてくるのではなくて、人間がちょっとだけ彼らの世界に入ってその姿を見せてもらう。

こうすることで、人間と人間以外の生物との共存が可能になるのだと思います。

でもそうすると、動物園や水族館を頭から否定することになるのですが・・・

物は言いようですが、これらはあくまで「研究目的」です。

とはいえ、ケニアまで行かないと見られない動物を日本で見られたりするのはそれはそれですごいことですよ。

でも、自分の都合に合わせて他の生き物に無理難題を強いているのって、あらゆる生物の中で人間だけなんですよね・・・


我が家のカブトムシ、今日も元気です。

     今日も食事中

毎日キュウリしか食べていないのに文句一つ言わず、申し訳ないです。

そのせいか(笑)私はとても嫌われていて、のぞくだけで威嚇されます 

今朝は掃除してガタガタさせたので、もっと嫌われたでしょうね・・・・

     カブトムシアップ

今果物はパイナップルしかないのですが、食べるかなあ。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

カブトムシ保護してます。

一昨日から、我が家ではカブトムシの男子を保護しております。

     カブトムシ

毎年夏になるとよくコクワガタは保護するのですが、こんなに立派なカブトムシは初めてかも。

そして、毎回一時保護の場所はこの空き水槽です(笑)

コクワガタは、捕まると結構あきらめが早くて(笑)、さっさと抵抗をやめて食事を始めるのですが、さすがにカブトムシはこちらが心配になるほど何時間もガサガサと動き回っていました。

そのうちあきらめてくれましたが・・・

一度あきらめるとその後は延々とキュウリをむさぼってました。

     カブトムシの食べ跡

こんなにきれいに食べたキュウリを見るのは初めてです(笑)

人間ばかりが増え続ける地球ですが、彼らも自然の中できちんと育っています。

毎年出会えるとホッとします。

明後日には雨さえ降らなければ山へ連れて行きます。

夏の夜は子どもたちが網を持って手ぐすね引いて待っていますのでね。危険なんですよ。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

高速ツアーバスの安全対策

昨日、国土交通省より高速ツアーバスの事故を受けて、安全対策への取り組みについて公表されました(→こちら)。

私は、年に数回ですが高速バスを利用しています。

だから、今後の利用についてどうしようかと悩んでいました。

昨日、上記の政府の安全対策が発表になってからその内容を確認しているうちに、「事業者の行政処分情報」が検索できるようになっているのを発見。

よく利用するバス会社を数社検索したところ、なんと、1社が過去3回も行政処分を受けていました

しかも、3回のうち1回は「輸送施設の使用停止(30日車)」という重い処分。

その後、また文書警告を受けているので、処分を舐めているのか、あるいは客を舐めているのか・・・

そのバス会社、他の会社と連動して(?)バスを運行しているので、往復利用した場合、客自身は2社のうちどちらのバスに乗るかは分からないんです。

ということは、処分を受けている間、その会社はおそらくもう1社(処分を受けていない方の)のバス会社に出向という形で運転手を送って、そのバス会社のバスを運行してたのでは、と・・・・想像に難くないですね。

そんな会社ですので、最後に処分を受けてから、まだ改善していない可能性が高い気がします。

ここまで調べておいて、それでも高速バスに乗って万が一事故にでも遭っては全く意味がないので、残念ですがしばらくは新幹線を利用しようと思います。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

後期高齢者医療制度廃止法案、断念へ

今日の参院社会保障と税の一体改革特別委員会で、野田首相は「一体改革関連法案が成立すれば、(今国会に廃止法案を提出するとした)閣議決定の効力は消えるということだ」と述べ、今国会での廃止法案提出を断念する意向を示しました。

もともと、自民党が社会保障と税の一体改革に賛成する条件として、後期高齢者医療制度の廃止を認めないことを掲げており規定路線でしたので、「まあそうだろうね」くらいの感想ですが。

私はもともとこの制度は反対でした。

高齢者独自の制度はやむを得ないと思います。

国保・健康保険と一緒にすると、どうしても国保の負担だけが増えてしまうので。

ただ、高齢者はこれからまだまだ増えるのに、自己負担は他の医療保険制度よりも少なくする必要はないと思っています。

そもそも、高齢者の医療が独立したのは1973年の老人福祉法改正時です・・・「老人医療費無料化制度」

田中角栄内閣。この年を「福祉元年」として、福祉を盛り立てようとしたわけですが、要は単なる票集めです。
手厚くしたのは高齢者だけですから。

しかし、この年はオイルショックもあり、また高齢化はすでに分かっていたことでもあり、一瞬で財政難に。
どうにかしてまた自己負担を復活させたいけれど、一度無料にしたものをまた戻すのは至難の業です。
ということで、1982年に「老人保健法」を制定(1983年施行)して高齢者医療を老人福祉法から切り離し、「福祉」ではなく「保健・医療」として独立させ、自己負担を少しずつ増やし、さらに70歳以上とした対象を5歳引き上げたのが現在の制度につながります。

ここでポイントは、すでに仕事を退職して年金を受給している高齢者が、現役世代と同じ3割を払えるのか、ということです。保険料もまたしかり。

平成23年家計調査(→こちら)によれば、世帯主が60歳以上の世帯の貯蓄現在高階級別世帯分布では、2500万円以上の貯蓄がある世帯が約3分の1を占めています。
子育て真っ最中の若い世代にそれだけの貯蓄がある世帯はかなり限られます。

ちょうどラジオで国会中継聞いていたのですが、(たぶん)桜井充参議院議員も言っていたはこのことですかね(車だったので定かではないです)。

それから、これはどの世代にも共通して言えることですが、日本人はとかく病院が好きです。
それは、きっと皆保険のなせる業なのでしょうが、病院に行く前にもっと自分の体のことを知る必要があると思います。
いつでもどこでもこぞって病院へ行くから、医療費も膨らむ。

明らかに体調が悪いのにギリギリまで我慢しろというつもりはありませんが、病院に行くにしてももう少し自分なりの見解を持って行くべきです。
よく、自分の意見を述べると怒り出す医師や、患者が改善しないことを訴えても絶対に自分の診断を曲げずに他へ紹介もしない医師もいますが、それは医師としてはもちろん人としてのレベルが低いだけのことです。

高額医療については保険適用なら上限を定めて償還払いにすれば良いと思います。つまり他の医療保険制度と同じです。

要するに、財源だけは別立てにして、残りの部分は他の医療保険制度と同じでも良いと思う、ということです。

でも、そうすると政権与党は票失っちゃいますね。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

アルバイトより学業優先は当然?

毎年、この季節になると時々夜にタヌキを見かけることがあるのですが、今年は初めてキツネを見かけました。
もう2回も。

タヌキが里へ出ているのだから、キツネも出てきてもおかしくないのですが・・・

タヌキもキツネも、見かけるとうれしくてつい車を停めてしまいます(笑)

                        

中学校までは義務教育なので論外ですが、高校生になるとアルバイトを始める子は結構多いですよね。

大学になると、当たり前のようにアルバイトをしています。

一度もアルバイトの経験がないまま社会人になった人は、どちらかというとマイノリティではないでしょうか。

ここで問題になるのは、学業とアルバイト、どちらが優先か、ということです。

たいてい、というかほとんどの場合言われるのが、「学業優先」です。

私もそう思っていました。

でも、最近になって、そうでもないのかも、と思っています。

学校とアルバイト、どちらがより社会経験になるかといえば当然アルバイトです。

そのアルバイトで、「しょせんアルバイトだから好きなときに休むよ」という人と、「今日は人数が少ないから本当は休みの日だけど入ります」と言う人と、会社はどちらを信用するか、社会は欲するのか。

もちろん後者です。

「試験だからこの1週間は休む」ではなく、試験があろうがなかろうが関係なく仕事をする人の方が、職場では評価も高い。

実習ともなればなおさらです。

実習中は完全にアルバイトを休む人とそうでない人がいます。

私の学生時代は完全に休んでいました(というより、大学の県外に実家があったので自動的に休んでいました)。

だから、そもそも実習中や試験中はアルバイトを休むもの、と勝手に考えていたのです。それ以外の選択肢を知りませんでした。

でも、両方しっかりやってのける学生に対して、今は尊敬すらしていますし、素直に応援しています。

実習とアルバイトの両立は、それは心身ともに大変なものです。

でも、絶対その苦労は社会に出てから役立ちます。

学校の教員しか経験のない人には、おそらくこのような考え方は理解されないかもしれません。

でも、社会経験のある教員こそが、そういったことをきちんと評価し、学生に伝えていく役割を担っているのだと思っています。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

国家資格としての保育士の是非

「保育士」が国家資格であることは言わずもがなですが・・・

この保育士、結構最近まで「保母」あるいは「保父」と呼ばれる職種で、国家資格ではありませんでした。

2001年の児童福祉法改正により国家資格化が盛り込まれ、2003年より制度がスタートしたものです。

国家資格である以上、当然国家試験を受けて合格することが最低限の条件ですが、保育士の場合は指定保育士養成施設にて所定の単位を取得すれば、試験は自動的に免除となり「保育士」となります。

国家資格なのに・・・・

私自身は保育士の資格は持っていませんが、受験科目の一部を教えています。

でも、国家試験を受けなくてはならない学生と、そうでない学生とに大きな温度差があるのは否めません。
つまり、卒業した時点で、国家試験を受けて合格した保育士と学校を卒業しただけの保育士とではその時点で少なくとも知識に差があるとも言えます。
(“経験”の差はありませんが・・・)

介護福祉士もまたしかり(こちらは経過措置つきですが)。

社会福祉関係の資格はそういうのが多いのでしょうかね?

既存の職種を国家資格化するということは、(官僚の天下り先の確保という意味もありますが)それ相応の専門知識が求められるという何らかの背景があったはずです。

そして、今回の「社会保障と税の一体改革」のなかで盛り込まれた認定子ども園の増設にあたって、幼稚園教諭と保育士の両資格保有者が約25%しかいないことから、幼稚園教諭が保育士資格を取りやすいようにする方針を固めました。

そのいくつかの案のうち、幼稚園教諭・保育士のどちらか一方の資格所持者が大学等でもう一方の資格の取得を目指す場合は、履修単位数を減らす方針が既に決まっていて、これについてはとくに意見はありません。

問題は国家試験です。

一般受験者と別にやさしい試験問題を用意する方針を固めたとか。

どういう意味でしょう?

そんなことをするくらいなら、国家資格をなくせば良い。

幼稚園教諭資格者のみ易しい問題にするなんて意味が分かりません。

合格率を上げたいなら、受験者全体に対してのハードルを下げるべきです。

むしろ、幼稚園教諭ならたとえ所管省庁が異なっていても実務に必要な法制度は変わらないし、幼稚園教諭といっても子どもたちを預かるという上では同じ資格なのだから、難しくても合格できなければおかしい。

仕事に必要だから、と国家試験をいくつも受けている人はいくらでもいます。

ちなみに、保育士試験は試験科目が多いこともあり合格率は11%~14%です。

そうはいっても、1年で全ての科目を合格しなくてはいけないわけではないし(3年有効)、実際には、養成校を卒業した保育士も多いので、保育士全体のレベルを測る基準にもなりません。

科目が多いのは他の国家資格も同じですし、じゃあ司法試験などはどうなるのでしょう。

保育士試験を幼稚園教諭にのみ易しい問題にして合格率を上げる、ということは国家資格であることを自ら放棄しているということです。

社会福祉は一にも二にも人間相手の仕事ですので、国家資格の有無よりむしろその人の人間性であるとか素質、センスといったものが重要になってきます。

それでも今回の保育士国家試験に関しては、あまりにもお粗末な内容です。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

60歳男性教諭、知的障害児に体罰・暴言

神戸市の市立小学校の60歳男性教諭が、特別支援学級の男児に対して授業中に頭を小突いたり、カッターやはさみを見せて、「おなかを切って(給食を)入れた方が(食べるより)早いのと違うか」と言ったり、していたとか。
さらに、5月に父親に謝罪した後も、突きつけた針金の片側をコンセントに近づけて感電させるふりをして脅かす等して、今月に入り懲戒免職になったそうです。

再三学校から指導を受けたにも関わらずこうした行為がやめられなかったのは、なぜなのでしょうか。

60歳ということは、教職としてベテラン中のベテランのはず。

それでも、定年を前にして懲戒免職処分を受けたということは、そもそも教師としての資格がなかったということです。

こういう人間が多いから、以前書いたような(「教師に求められるもの」)、教師の犯罪が多いのでしょう。

この元男性教諭に問いたいことは、「今までの何十年も教職に携わってきたのに、何を学んできたのですか?」ということです。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

癒しの存在

今日、ベランダに出て、また戻ろうと振り向いたとき、目に飛び込んできた子がいました。

  サンの隙間に・・・2

窓枠と壁の隙間です(笑)

毎年、ベランダにカエルが1~2匹住み着いてくれます。

つい最近まではカマキリの子どもが育ってました。

ベランダの、少ない植物たちの中でもちゃんと成長するんですよ。

良くも悪くも社会は刻々と変化し、ストレスの多い日々ですが、ベランダに植物があるだけでもホッとするのに、こうしていろんな子達が遊びに来てくれるとさらに楽しくなります。

本当に、癒しの存在です。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

教員に求められるもの

文部科学省の調査によると、授業が学生の興味などから離れていると考える回答が3割以上あったことが分かったとか。

耳の痛い話です。

調査は5~6月に実施。全国の国公私立大の学長684人の回答を集計したもの。

  「科目の内容が各教員の裁量に依存し、教員間の連携が十分でない」
  「きめ細かな指導をサポートするスタッフが不足している」        
                              ・・・6割以上。

これは、大学に限ったことではないことです。

私自身、常に感じていることですから。

どうすれば学生が興味を持つかどう表現すれば正確に伝わるのか、常に大きな悩みです。少ない引き出しの中から組み合わせるのですから(笑)、かなり大変な作業です。

そして、他教員との温度差。
これがきっと上手に連携できていない大きな原因の一つだと思っています。

少子化時代、私の住む地域では、すでに保育園の統廃合が続いています。

公立学校も、中・高一貫教育が進んでいます。

大学では、新しい大学がこの10年ほどでいつの間にか何校か設立していますが、その度に既存の大学が戦々恐々としています。

そして、当然学生の取り合いが起こっています。

何を“売り”にするのか、どの大学も迷走しているように見えます。

そのような中、教員のレベルは非常に問題となってきます。

専門性や知識の高さはもちろんですが、そもそも教員自身が「人に物を教えるに値する人物なのか」「どれだけ次世代を育てる意志・意欲があるのか」ということを意識できているのかどうか、ということです。

大学に通った経験のある人なら覚えがあると思いますが、教授がぼそぼそと話して終了、という授業も少なくなかったのではないでしょうか。

シラバスに使用テキスト等記載があるから、と書籍を購入したら、それは単に教授の著書なのであって、講義では全く使用しなかった、ということもめずらしい話ではありません。

買わせたかっただけです。

私の大学時代、社会福祉士の受験資格に必修だった「障害者福祉論」では、教授が「私の授業は国家試験については全く触れません」のようなことを前置きとしたのを鮮明に覚えています。

それは、まあ、大学ですから別に国家試験にのみこだわる必要もないのですが、結局障害者のセクシュアリティに終始していた気がします。シラバスにそんなこと書いてあったかなあ・・・(笑)
何を伝えたかったのか、未だによく分からないのですが、風俗容認、とでも言いたかったのでしょうか。
当時まだまだ純粋だった私(笑)は、それでも真面目に講義を受けていたのですが、得たものは何もありませんでした。

それはともかく、自分のことしか考えない教員ばかりのせいで、最近小・中・高・大学の教員による犯罪が多いこと多いこと!

つい最近も、児童福祉関係の講演や著書を出版していた青森にある大学の准教授が児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)の疑いで逮捕されました。

その准教授、少年院法務教官、スクールカウンセラー、幼稚園発達相談員などの経歴を持ち、現在は同短大の子ども学科学科長、同短大付属教育カウンセリング研究所所長を務める准教授の職にあるとか。

あきれて物も言えません。

結局、児童に携わる人間の中に、わいせつが目的というケースが多いんでしょうね。

大津市のいじめ問題に対する学校しかり、この准教授しかり、このような大人ばかりでは、子どもたちの将来も本当に不安になります。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

国民年金保険料の納付率

平成23年度の国民年金保険料納付率が公表されました。

平成22年度が62.2%だったのに対し、平成23年度は58.6%と、ついに6割を切ってしまいました。
(詳細はこちら→「平成23年度 国民年金の加入・保険料納付状況」

 ○年齢別納付率
   
  20~24歳 50.05 %
  25~29歳 46.13%
  30~34歳 49.63%
  35~39歳 55.57%
  40~44歳 57.06%
  45~49歳 59.42%
  50~54歳 65.16%
  55~69歳 71.83% 

総じて前年度(平成22年度)より納付率は下がっているのですが、年齢が高くなるほど 納付率が高くなっている傾向は変わっていません。
    
また、これらの納付率はあくまで免除対象者は含まれていませんので、含むとなるともっと納付率は下がります。
ということで、実質納付率は40.7%でした。

年金未納問題でよく聞こえてくる声に「どうせ自分たちが年をとったらもらえないんでしょ」ということがあります。

これまでの年金施策、現在の政府を見ているとたしかに言いたいことは分かるのですが・・・

でも、年金未納で将来貯蓄も収入もなくなれば、結局生活保護を受給することになります。

自分の勝手で年金を納めなかったのに、結局社会に助けてもらう。

おかしな話。

文句を言う前に義務を果たすのが先です。

選挙にも言えることですが、義務を果たして初めて物を言う権利が生まれます。

義務と権利は一対なのです。

納付率の低さの背景は、もちろんこれだけではありません。

ただ、権利ばかりを主張する人があまりにも多いのも事実ですので・・・


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

鳴り物入りの厚労省調査

厚生労働省が、公的年金加入者の所得実態を分析した初めての調査結果を発表しました。

国民年金加入者平均年収は159万円、4人に1人が無収入、無収入を含めた年収100万円以下は約半数。
 
  「収入なし」・・・24.6%
  「収入なしを含め50万円以下」・・・38%
  「50万円~100万円」・・・16.7%

 ☆平均年収
  第2号被保険者・・・426万円
  第3号被保険者・・・55万円
  年金受給者 
    男性・・・290万円
    女性・・・103万円


受け取り方は人それぞれだと思いますが、ひとつだけ注意しなくてはいけないことは、自営業者と被雇用者では収入の計算の仕方が異なる、ということです。

自営業者は経費を計上した上での収入となりますが、被雇用者は必要経費を含めた給与となります。

当然、自営業者の方が収入は少なくなるわけです。

計算の仕方が異なるので数字だけを見て比較はできない、ということを念頭においておかないと、正確なジャッジとは言えません。

この調査に1億7000万円でしたっけ。

基準の揃わない結果を今後の施策の参考にしていては、いずれ破綻するのは目に見えています。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

成年後見制度の現状と課題

成年後見制度とは、民法に定められている判断能力が不十分な人々を保護し、支援する制度です。

この制度の前身は「禁治産・準禁治産制度」でした。

私が法学を学んだ頃はまだこの制度だったのですが、いつの間にかこの言葉自体が差別用語である、とされて制度が一新しました。

成年後見制度は、従来の禁治産、準禁治産にあたる「後見」、「保佐」に加え、「補助」という3つ目の区分を設けることで、より広く判断能力に不安のある人々の権利を守るものです。

        成年後見種類

<後見人の仕事>(公益社団法人 成年後見成年後見センター・リーガルサポートHPより)
(初期) 
 ①資産状況の把握をし、今後の生活プランの作成をします。
 ②後見人の資格を証明する「登記事項証明書」を取得します。
 ③銀行などに後見届けをします。
 ④就任後1ヶ月以内に、財産目録・年間収支の見込みを家庭裁判所に提出します。
(日常) 
 ⑤預貯金や現金・車や家など本人の資産の管理をします。
 ⑥入所費用や入院費用などの費用を支払ったり、年金などを受け取ります。
 ⑦通帳記帳をして入出金のチェックをします。
 ⑧本人の生活状況にかわりがないか、何か手当する必要が生じてないかチェックします。
 ⑨業務内容を、家庭裁判所に報告します。
 ⑩被後見人等のために必要があれば、不動産の売却をします。
 (居住用の不動産であれば、裁判所にたいし処分  許可申立もおこないます。)
 ⑪家の修繕などが必要な場合は施工業者などを手配します。
 ⑫遺産分割協議をおこなったり、施設への入所契約、病院への入院契約をおこないます。
 ⑬税務申告・訴訟等もおこないます。
 ⑭難しい場合は、専門家に依頼することもできます。
(最後)
 ⑮本人が死亡したら、2ヶ月以内に遺産を確定し、相続人に報告し、同時に家庭裁判所へも報告します。
 ⑯相続人に対し、財産の引渡をします。
 ⑰成年後見等終了の登記をします。

こうやって並べてみるととても大変な仕事です。
でも、家族のいる人なら、当たり前のこととして日常的に行っていることです。
それが、後見人として、あるいは第三者が行うということになると、大変になってしまうんですよね。

法務省による「成年後見関係事件の概況」(平成23年)によると、申立て件数は年々増加しており、申立人は本人の「子」が抜けて多くなっています。

申立ての主な動機の第1位は「預貯金等の管理・解約」で突出しており、次いで「介護保険契約」となっています。

成年後見制度はあくまで「判断能力が不十分」な人々を対象としているので、年齢は関係ないのですが動機から考えると高齢者が圧倒的に多いのがよく分かります。
(実際、本人は70歳以上が過半数!)

そして、成年後見人等と本人の関係については、やはり「子」が第1位を占めており、第2位は「司法書士」。
私の持つ資格である社会福祉士は、弁護士に次ぐ第5位、精神保健福祉士は棒グラフの線がないくらい少ないです(笑)

社会福祉士会でも、成年後見人養成のための研修等がしょっちゅうあり、その成果か社会福祉士が後見人等になる件数が増えています。

今、身寄りのない高齢者が増えていることからも、こういった取り組みはどうしても必要です。

また、モラルのない親族のために本人の預貯金が着服されるケースも後を立たず、この対策のためにも第三者が後見人として選任される必要性が高まっています。

ただ・・・・

本来家族が、本人が日常生活の中で行っていたことを第三者が行うのですから、これは大変なことです。

私個人としては、心身ともに余裕がないと引き受けられない仕事だと思っています。

そのような仕事を引き受けることの出来る人はどうしても限られてしまいます。

一般市民による「市民後見」を検討しているところもあるようですが、果たしてこれが良策なのかそうでないのか・・・

ボランティアの域を超えていますので、あくまで仕事として、責任を果たす意志のある人でないと勤まりません。

ちなみに、後見人等の報酬について、法定後見制度を利用した場合は、『本人』の財産の状況や後見人等の行った事務内容を考慮して、家庭裁判所が決定します。

管理財産額によりますが、2万円がひとつの目安となっています・・・


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

障害者福祉分野の成熟度

先日、長野県の障害者支援施設の元職員(生活支援員)が、利用者の預かり金70万円を着服したという事件がありました。

しかも、不正発覚後、利用者に弁済したのは元職員の家族だそうな。

着服したお金は自分の衣類やバッグ等にあてていたようで、おそらく返済能力はなかったのでしょう。

ここで重要なのは、その後の施設としての対応です。

利用者(顧客)から預かったお金を着服することは当然ながら立派な犯罪です。

普通、企業なら少しでもイメージダウンを防ぐために必死になります。

しかし、この施設では元職員(つまり犯人)の名前も公表せず、刑事告訴もしない方針とありました。

一方で、施設名はばっちり公表されています。

名前も公表しない、刑事告訴もしない。

そして施設名は公表する。

施設が体を張って犯人をかばっている形です。

この構図からみると、おそらく今までも大なり小なりこの事件のようなことがあったのでしょう。

これが企業ならバッシングは当然、企業のイメージもダウン、顧客は離れていきます。

少なくともこの施設では、そういう状態になるかもしれないということは考えていないということです。

普通はそんなことあり得ないのですが、あり得るんです。

それだけ、まだまだ障害者福祉という分野が未成熟といえる部分です。

とかく知的障害者や認知症高齢者はこのような被害に遭いやすいのですが、このような人々を支援する立場の人間がそれに加担するとは、本当に恥ずかしいことですし情けないことです。

まあ、そんなことを言い始めれば、親族に生活保護受給者がいる公務員が約30人もいた東大阪市にも、憤りを超えてあきれてますけどね。

国民を守るはずの社会保障・社会福祉が、こんなに穴だらけのザルになっている現状を打破することが、社会保障の喫緊の課題ですね。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

実習始まりました。

いよいよ精神保健福祉援助実習がはじまりました。

今までの私の仕事は、実習に向けた事前学習や心構えといった準備のサポートでしたが、ここからは巡回指導という形で実習生をサポートします。

今までもあちこち施設等を訪問して思うことは、実習生を後の有資格者として後輩を育てる意欲の高いところとそうでないところの差が大きいということです。

同じ課題を課していても、それへの取り組みに大きな差があるのです。

「こんなの今のうちからしなくてもいいのに」という表情が見え見えなところと「せっかくやるのだからとことんやってみてはどうか」と積極的なところ。

施設によって実習内容や方針が様々ですので、同じ条件で課題は提示しますが、取り組み方は基本的には施設に任せます。

だから、実習が終わってみるとどうしても実習に対する達成度と満足感に差が出てしまうのです。

そして、もうひとつ毎回悩むのは、教育現場と実践現場との実習に対する考え方の温度差。

これまでお世話になった実習指導者の意見に「視野を広く持って欲しい。法制度等は社会に出てから覚えることだから、今はそんなに勉強しなくても良いと思う」というものがありました。

たしかに、広い視野を養うことは大切です。

でも、実習生は同時に国家試験の受験生でもあります。

法制度を学ぶ必要は当然ありますし、学んだ法制度と実際の現場を照らし合わせることもまた大切なことです。

そのために「実習」が存在するのです。

「実習はとにかく必死だった」

こういう人は多いと思います。自分自身に日々を振り返る余裕がないことだってあります。

「自分の学生時代の経験から、今から難しいことしなくても良いと思う」

それもまた一つの意見。

でも、その方が現在国家資格を持って活動しているということは、そのための勉強をしっかりとしたから。

学生のうちに国家試験合格を目指すということは実習に臨みつつも勉強もしなくてはいけないということです。

実習は本当に疲れますし、休日でも休んだ気がしないくらいストレスの大きいことです。

私自身も歩んできた道ですから、十分理解しています。

だから、実習がないときのような猛勉強をしろとは思わないし言いません。

でも、目の前で法に基づいて展開される様々なサービスを見ると、単なる文字でしかなかった法律が立体的になります

それは、試験勉強にも役立つことです。具体的に意味が分かるのですから。

実習指導者の言う「自分の学生時代」の実習担当者(学校の教員)は、少なくともその方にとって有意義な実習やその動機付けをきちんと提供できていなかったのでしょう。

学生が実習に向けて準備をしたり心構えをしたりするのを、どうすれば本番までに良い形で持っていけるか、ということを常に考える立場を知っていればそこに気づくのですが、実習生として教えられたことしかないまま現場に出るとなかなか気づけるものではありません。

ここで、同じ有資格者でも、現場にしかいたことのない有資格者と、実習生を送り出す側の有資格者とで温度差が出てしまうんですね。

それぞれポジショントークしかできないのですから。

学校側の影響ももちろん大きいですが、実習先の指導者次第でも実習生の伸び代は大きく変わってきます。

どのような実習であっても、後になって「もう少しこれを学びたかったなあ」と後悔することが一つでも減らせるように、指導していきたいと思っています。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

レバ刺し行列の不思議

先月で、レバ刺しが禁止になりましたね。

昨日、今日と、テレビでレバ刺し禁止前日の焼肉店でレバ刺しを食べようとする客の行列の様子を散々みました。

私にはその考えがよく分からないのですが・・・

なぜ生レバーが禁止になったのか、誰でもよく分かっているはず。

昨日はダメで今日は大丈夫、なんて誰に分かるのでしょう。

焼肉店も、早い段階で禁止に向けて動くのではなく、むしろ「最終日です!」と煽るとはなんともレベルの低さにあきれます。

さらにもう一つ。

ちょうど見ていたテレビで、残りあと6皿に対して3組の客がいて、店員が各グループに希望数を尋ねたところ、最初の2人組みが「3皿欲しい」と言っていました。

思わず「は?」とテレビに向かって突っ込みを入れそうになりましたよ。

レベルが低いのは店だけではないんですね・・・・


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ

“老い”を受け入れること

先月、千葉県で79歳の男性がATMに突っ込んだ事故のニュース、ちょうど76歳の方と一緒に見ていました。

その方も自動車を運転されています。

ニュースの冒頭、「70代の・・・」とあったので、71~72歳を想像していたのに、79歳でした。

事故原因は「タイヤが道路と駐車場の段差に引っかかったため強くアクセルを踏んだ」ら踏みすぎた、とのことでしたが・・・

映像等を見る限りでは、全く言い訳になっていない感じです。

私と一緒にニュースを見ていた方も昨年事故を起こされています。

でも、やはり「相手に非があるけれど相手が直進だったからわたしが悪いんだって」というようなことをおっしゃっています。

また、現場に来た警察官に「おばあちゃん、どういう状況だったか分かる?」とやさしく言われたけれど、わたしはよっぽど年寄りに見えたらしい、と憤慨もされていました。

事故の様子を見たわけではないのでなんとも言えませんが、ご自分の年齢のことはよくおっしゃる方ですが、心のうちではまだまだ身体の老化を認めていないことがよく分かった一件でもありました。

言葉ではどう言っていても、心の中では案外「まだまだ!」と思っていることって結構ありますよね。

私もその1人です。

例えば私などは目の前に20前後の若い世代と接するわけですが、何かと「ああ、全然違うんだな」と痛感せざるを得ない場面が出てきます。

“老い”を認めることはつらいし嫌だし、できればいつまでも若くいたいけれど、絶対にそんなわけにはいきません。

でも、誰でもいつかは60代、70代へと年齢を重ねるときがくるのですから、いかに早い段階で老いについて考え、受け入れる準備を始めるかがポイントになります。

事故を起こしてしまってからでは遅いのです。

また、運転免許書の返還についても、他人ではなく家族にその義務があると思っています。

もちろん、返還を推進するからには自動車がなくても十分異動に困らない環境整備が必要です。

大型公共事業を、との声も多いですが、まだまだやることはたくさんあります。

以前、ここで「高齢者の交通事故」についてとりあげたことがあっただけに、改めてその制度や環境整備について考えさせられました。


にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへにほんブログ村 教育ブログへ
プロフィール

山村福ノ助

Author:山村福ノ助
社会福祉士・精神保健福祉士有資格。現場から少し離れたことによっていろいろなことが見えてきました。

最新記事
カテゴリ
フリーエリア
ワンクリック、ご協力ください。
にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへにほんブログ村 その他生活ブログへ
ご訪問ありがとうございます。
現在お越しいただいている方。
現在の閲覧者数:
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
打ち上げ花火をあげられる四季の風景時計
ごゆっくりどうぞ・・・
リンク
ブロとも一覧

異文化に恋してる
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
RSSリンクの表示
検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。