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尊厳

私の友人が買っている犬が今年13歳なのですが、歩く姿もゆっくりヨタヨタ、見るからに年寄り犬なんだとか。
散歩に行くと、「あらぁ、年だねえ」、「すごいおじいちゃん犬だね~」とよく言われて切なくなると言います。
でも、そのとき絶対に言い返すようにしていること、それは「いえ、おばあちゃんです」ということ。
「犬だけど、本人も聞いてるかもしれないし、それだけは絶対言い返してる」と話していました。

犬だけど・・・

でもその気持ち、分かります。

人間も、自分の意思を伝えることが出来なくなったり、体が完全に動けなくなったりすると、見た目にもとても老けて見えます。

介護の現場では人手不足ゆえに男性も女性も関係なく入浴介助や排泄介助をするところもまだまだ少なくありません。

私なら・・・
男性なら男性に、女性なら女性に介護してほしい。
欲を言えば、車椅子とベットやイスの移乗も同性にしてほしい。

若い人が、男性なら男性の医師に、女性なら女性の医師に診察してほしいと思うのと同じです。
(一部違うケースもあるかと思いますが・・・)

他人に介護される(ゆだねる)ことは、自分のパートナーに介護してもらうのとは違います。

現実には、離職率の高い介護現場では、これはとても難しいことです。

実現するためには、男性も女性も、長く働き続けることができるように、男性も女性も一家の大黒柱として家族を支えていけるように、安定した職場を作る必要があります。

単に、失業した人々を資格だけ与えて介護現場に横すべりさせるのではなく、介護職にやりがいを見出せるような教育をしていく必要もあります。

いつまでも、人間としての尊厳は守っていきたいし、守るべきもの、と考えます。


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TPP問題

日本が輸入米にかけている関税は778%。

もっと高いものにコンニャクの1706%がありますが・・・・

冗談のような数字です。

今、アメリカでは日本のTPP参加を視野に入れて日本向けの米を増産する方針とか。

TPP参加について、現在でも賛否両論は代わりませんが、私はというと実は賛成派です。

なぜか。
一言で言うと、日本の各業界にの風通しが余りにも悪いから。

例えば医療の問題。
よく混合診療が取り上げられますが。混合診療とTPP問題は全く別の問題です。
そもそも、混合診療において一つでも保険対象外の治療を受けたら保険適用のものも含めたすべてが対象外となって全額自己負担になってしまう、このこと自体がおかしいのです。保険適用分には保険適用すれば良いだけのこと。この問題はTPPうんぬんではなくて国内の問題ですよ。
国民皆保険にも影響が、と言っていますがこれも国内の問題。
医師会と薬業界が癒着しすぎていて、その特権を崩されたくないだけなのです。

農産物(特に米)に関しても、これまで守られすぎていて、競争する必要がないから高い値段のまま私たちは生活してきました。
TPPに参加して安い米が入ってきたら・・・それより売れる米を作る、あるいは値段を下げる。
実際、私を含め国産にこだわる日本の消費者はとても多いです。消費者が国産米しか買わなければ、小売店も輸入米を置かなくなります。
資本主義とはそういうものです。

TPP参加に賛成、といってもそれは反対している各業界が改革をしようとしないからであって、きちんと国民のため、日本のためにと考え行動してくれるなら、そもそも参加の必要はないと思っています。

事実、反対派は都合の悪いことはねじまげてでも言わないし、TPPに関係ないことでも強引に関連付けて反対の理由にしようとします。
一方、報道で見る限り、残念ながら賛成派は毎回反対派に押し切られているように見えてしまって・・・
なぜでしょうね?

とにかく、どうやら私の期待は一方通行のままのようなので、TPPに参加することでその自分たちのことしか考えない構造が変化してくれれば、と思っています。


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クンシラン満開

この数日で子どもたちが犠牲になった交通事故が恐ろしいほど続きました。
ニュースを目にするたびに目を見張ってしまいます。

運転手は皆揃って若い世代。

何かがおかしいですね。

「仕事のことを考えていてボーっとしていた」
「ボーっとしていた」

本当は何をしていたのか、考えていたのか知りませんが、そんな状態で運転しないでください。

本当に、おかしな社会になってしまいました。


クンシランが満開になりました

クンシラン クンシラン2

様々な花たちがあちこちで咲き誇っています
素敵な季節になりました。


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尖閣諸島購入に向けて

先日の石原都知事による尖閣諸島購入計画について、早くも寄付が相次いでいるとか。

寄付の話が出たとき、おそらく300億円程度ならすぐに集まるのではないかとも思っていたのですが、本当にそうなりそうです。

ここで思うのは、このような状況を見て、国民の関心の高さを見て、地権者は今何を考えているのだろうか、ということです。

国からの賃貸料2500万円が手放せなくて売買に応じなかった地権者。

さすがに中国には売らなかったことについては幸いでしたが、これだけもう何年も中国に好き放題されていても何もしてこなかった地権者。

今さらではあっても、ようやく動きはじめた尖閣諸島の問題。

しかしやはり本来は国が買い上げなくては意味がないものです。

東京都では尖閣諸島に警察しか置けません。自衛隊を置けるのは国だけなのですから。

石原氏の性格を考えると、国が動かなければ本当に都が買うでしょう。
それならそれで国民として応援していますが、やはり政府に動いて欲しいものです。

今まで裏切り続けてきた政府ですが、この件に関しては本当に本当に早く動いてほしいと願ってやみません。


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「障害者」という言葉

少し前から、「障害者」という言葉について様々な意見が飛び交うようになりました。

「障害」の「害」がいけない、と。
だから、「障がい者」、「障碍者」と表記すべきだ、と。

先日、偶然全く社会福祉とは関係のないお仕事をされている方と知り合い、その方がこの言葉の概念について疑問をもたれていて、そんな話になったのです。

私は学生にものを教える、という立場上、言葉の使い方や内容にはどうしても気を使わなければいけません。

この私はどう学生たちに伝えているかというと・・・・

従来通り「障害者」と表現しています。

なぜか。

漢字をひらがなにしたからといって、常用漢字ではない漢字を使用したからといって、何も変わらないからです。

そもそも、「障害」という熟語は、私たちにとってそんなに差別を含む言葉でしょうか?

障害物競走
自動車に不具合が出た、この部分に障害が出ている
                           等々


障害者団体がよく「障害」の表記について意見していますが、そこにこだわっている方がよほど自分で自分を卑下しているような気がしてなりません。
そして、その主張を聞くほど、「そんなに差別して欲しいのか」とすら思ってしまいます。

「障害」という言葉は私たちの生活の中に定着しているし、様々なことに使われています。
もしこの言葉が気に入らないなら、漢字をどうこうするのではなく、言葉そのものを替えるべきなのです。

精神分裂病→統合失調症
痴呆→認知症

最初こそ慣れないけれど、現在ではこれらの言葉ももう十分定着しているではないですか。

何事も受け取り方は人それぞれ。
「障害」という言葉にこだわるなら、「障害者」を表現する新しい言葉を作ってみてはいかがでしょうか。

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子どもたちを守るために必要なもの

近年、親が幼い子どもを殺す、あるいは未遂、という事件が多発しています。

育児疲れの末、突発的に・・・
ストレスの発散のはけ口を子どもに・・・
交際相手に気に入られたくて(嫌われたくなくて)・・・
相手の連れ子が気に入らなくて・・・

何年か前の事件ですが、子どもを原付バイクのヘルメット入れに入れて走った親のニュースは余りにも衝撃でしたしショックでした。今でも鮮明に覚えています。

昨年は子どもを置いたまま親は何日も家に戻らずにいたため餓死してしまったという痛ましい事件がありました。

無理心中も多いですよね。その度に「なぜ子どもまで・・・」と悔やまれてなりません。

つい最近では、長野県で1歳の子どもの首を絞めた母親が、殺人未遂で逮捕されました。子どもには継続的な虐待の様子は見られず、突発的に首を絞めたのではないか、ということでした。

2007年に、熊本県の慈恵病院で日本初の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」という取り組みがなされ、波紋を呼びました。

この取り組みについて、私の周囲にはおおむね賛成派が多かったのですが、中には猛反対している人もおりました。「子どもは親が育てるものなのよ!」と。
今年に入ってから、親が海外に留学するために子供を預けるなど複数の不適切な事例も明らかにされました。
たしかに、問題はまだまだ山積しています。

でも、このような機関は絶対に必要だと思います。
中学生が妊娠・出産するなどというドラマを平気で流す時代なのです(このドラマは私自身は非社会的と思い見ていませんが)。

子どもを守るための公的機関としては児童相談所がその代表ですが、正直言ってしっかり機能しているとは言いがたい状況です。それに、何かと手続きも大変ですし時間もかかります。

「もうダメだ!」と思ったらとりあえず駆け込める場所、相談できる場所が必要です。

今子どもを目の前にしているとどうしても手を上げてしまうけれど、ちょっと時間をおけばひょっとしたら少し冷静に考え直せるかもしれない。

今交際している人が子ども嫌いで自分の子どもに手を上げてしまう。でも自分は子どもより交際相手と一緒にいることで心の安らぎを得ることが出来る。

様々な事情で子どもがいるけれど、本当は欲しくなかったしかわいいとは思えない。

本当に様々な考え方、様々な事情、様々な人間がいます。

でも、共通していえることは、子どもは親にとってだけでなく社会にとっても、国にとっても大切な存在で、あらゆる可能性を持った未知の存在であるということ。

だったら、嫌がる親に無理強いせずに社会で育てる仕組みをもっともっと広く整備していけばよいのではないでしょうか。

最近は、(年齢だけでなく精神的にも)大人になる前に親になる人が少なくありません。

だから、なおさら社会で育てる必要があるのです。

極端な例ですが・・・・

例えばまだまだ精神的に大人になりきれていない、親としての責任能力に欠ける親の子どもは、一定年齢まですでに育児経験のある年配の方に育ててもらう、という取り組みがあっても良いのではないでしょうか。

例えばイギリスの上流階級のように、学校を全寮制にして盆や正月に帰省する程度にしてしまえばどうでしょうか。イギリスではそのおかげで(子どもと近すぎないため)とてもよい親子関係が築けているそうです。

例えば熊本県の慈恵病院の取り組みを公的に推進してはどうでしょうか。

いろいろとやりようはあると思うのです。
ただ、いちいち反対意見にびびりすぎなのです。

保育所を増やすだけが少子化対策ではありません。
その保育所自体も、政府は都心ばかりみて地方を全く無視しています。保育所を増やしたところで、地方では統廃合が進んでいるのが現状なのに。
運悪く恵まれない環境に生まれてしまった子どもたちを健全に育てることだって重要なことです。

古臭い言い回しですが、子どもは宝です。
それは、私たち国民全体にとっての宝です。
だからこそ、私たちが真剣に子どもたちを守っていく方法を考えていかなくてはいけないのです。


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てんかん問題と無免許問題

痛ましい、悲惨な交通事故が続きますね。

昨日今日は、18歳少年の無免許運転居眠りによる交通事故の続報が絶えず流れていました。

ここでふと思ったこと。

てんかんの問題が薄れている・・・・・

以前、私はここでてんかんの問題に触れました。
その時は、てんかんを持っていても薬を飲むことで運転に支障がないのなら、視力が低くても眼鏡をかければ運転に支障がないのと同じこと、と書きました。

でも、私の知識不足でして、てんかんは、薬をきちんと飲んでいて意識があっても発作が起こるんですね。意識があってもコントロールできなくなることがあるんですね。事実、容疑者からは薬が検出されています。

そうなると話は別です。やはり運転はすべきではありません。

現在、社団法人てんかん協会では、免許停止にならないよう署名運動を展開しているとか。
協会も必死です。
「差別をするな」と。
でも差別ではありません。運転自体が危険行為になってしまうのです。
車は便利な道具ですが一方で凶器です。いつコントロールできなくなってもおかしくない人々がこの凶器を動かすことは本当に危険極まりない行為と言えます。

そして、昨日の18歳少年の無免許居眠りによる大事故。

いやらしい表現になってしまいますが、てんかん協会はさぞ喜んでいることでしょう。
いまや国民の目はこの新たな事故に向いているのですから。

この事故では、報道はてんかん事故から目をそらしたいのか何なのか、その意図は分かりかねますが、目撃者の証言等報道がどうもおかしな方向へ行っています。

「日中は一方通行だから」
「この道は危ないと思っていた」

いえいえ、そもそも無免許運転ということは、道路標識や交通ルールを知らない可能性があるのです。
道路の様々な規則を守る代わりに運転免許を取得することができます。
言い換えると、免許を持っていないということは、その規則を知らなくても良いということになります。
ですから、無免許そのものが違反なわけで、そこに交通ルールだのなんだのということはまた別です。

それに、無免許で一晩中運転して居眠りをして起こす事故と、てんかん発作により起こる事故と、どちらが多いと思いますか?
免許所持のチェックは四六時中しているわけではないので実際のところは分かりませんが、それでもどう考えても無免許で運転している人の方が断然少ないし探すのが大変、という状況だと思います。

そう考えると、やはり絶対に見直していかなくてはいけないのはてんかん患者に対して運転免許を与えることではないでしょうか。
もちろん、どうやっててんかんかどうかを判断するのかということはとても難しいことです。どうしても申告制になってしまうため、本人が黙っていればすむことになってしまうので。

でも、だからといって見過ごすことはもう出来る状況ではなくなりました。

差別とかそういう問題ではないし、そんなレベルの話でもありません。
とても重大なことなのです。人の命がかかっているのです。

どうか、国民の目が無免許事故にとらわれず、てんかん患者による運転免許をどうするか、ということを真剣に考えて欲しいと思います。


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キレる子対策

「キレる子ども」やいじめ、学級崩壊など「子どもの心の問題」に対し、文部科学省が乳幼児期の教育などから対処法を考える保育園関係者らを含む有識者会議を発足させると発表しました。

「キレる子ども」・・・

最近はいじめによる自殺の報道が多くなったような気がします。

2009年度のデータによると

  小・中・高・特別支援学校のいじめの認知件数 約73,000件(前年度約85,000件)
  暴力行為                  約61,000件
  自殺                    165人(小学校0人、中学校44人、高等学校121人
                             このうちいじめの問題があった生徒は2名)
  暴力行為については、とくに中学校の発生件数がが抜けて多いです。→最新データ
                   

はっきり言って異常な社会現象だと思います。

私は、最近の子どもたちが我慢がきかなかったりキレやすかったり、相手を再起不能なまでに傷つけたりするようになってしまった背景には、必ず家庭の問題が潜んでいると思っています。

共働き家庭の子どもたちの中には、放課後児童館・児童センターを利用するケースが少なくありません。
様々な子どもたちが利用していますが、この中に明らかに問題を抱える子どもが多くなりました。
しかも、その子どもの背景には必ずといってよいほど家庭の問題が潜んでいます。たとえ両親は気づいていないとしても。
センターが声を掛けて、面談に応じてくれる親御さんは良いのです。問題を抱えている家庭に限って来てくれないのです。

文部科学省も言っていることですが、子どもの健全な成育には適切な環境と親(養育者)の愛情、そしてたくさんのコミュニケーションが不可欠です。

最近は、親になる資格のないまま親になるケースが多いような気がします。
よく「子どもと一緒に成長する」と言いますが、それにも資格があると思うのです。つまり、最低でも上記のことをしっかり提供できる、という資格。
子どもを生み育てるということにはとても大きな責任が伴います。その責任がとれないなら、子どもは生むべきではありません。子どもは親を選べないのですから。

今回の文部科学省の取り組もうとしていることは、今さらとはいえもちろん大切なことだと思います。
しかし、その子どもたちの親も問題を抱えているのです。子どもだけでなく、その親を巻き込む形での新たな施策が創設されることを願ってやみません。


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本を読むこと

日ごろ、学生と接していて特に思うことは、「もっと本を読んで欲しい」ということです。

授業中やその課題に文章を書くことは少なくありません。

最近の傾向として気になることは

    話し言葉と書き言葉の違いが分からない
    使用する漢字の数が少ない
    方言が方言であることに気づかない
    与えられたテーマに対して、“考えたことがない”というケースが多い
                                   など

傾向ではないのかもしれません。ゆとり世代の学生ですから。

ただ、一つ言えることは、本を読んでいない学生が多いということです。

かくいう私自身、どれだけ本を読んできたか、というとそれほど自慢できるほど読んできたわけではありません。
だからこそ、常に何か読むように意識しています。

おかげで、定期的に県立・市立図書館に通っております。
今はインターネットで蔵書検索ができるから助かります。予め目星をつけて行けますので。

本といっても実に様々です。

歴史小説、恋愛小説、伝記、ルポルタージュ 等々・・・

これらの中で、得るものがなかったとはっきり言えるのは恋愛小説です(笑)

それから伝記。
伝記は各エピソードが多分に美化されているので、真実とはずいぶん変わってしまっているものがほとんどです。
お話として読む分には良いと思いますが。

私がちょうど今読んでいるものは、吉川英治の『私本太平記』。

吉川英治はそれぞれの本の時代背景を本当に良く研究しています。
だから、この『私本太平記』は13巻までありますが、どの巻も飽きることなく楽しんで、勉強がてら読むことが出来るのです。

本を読むことは、ただ楽しむだけでなくて、想像力や読解力、そして文章力等本当に様々な力を自然に養うことが出来ます。

このことを、私自身身をもって痛感しているからこそ、学生にも「本を読みなさい」とよく話すのです。

そういえば、様々な歴史小説を読むようになってから、NHKの大河ドラマを全く見なくなりました。
あまりにも歴史から離れて、完全な“お話”なんですね。
脚本家の質が下がっているのでしょうか。
最近は、人気の役者やタレントを起用するから、演技力も低下してドラマとしてのレベルも低い気がします。
歴史を知りたいなら、やはり本を読むのが一番です。
大河ドラマで見たことをそのまま鵜呑みにすると恥をかいてしまいますよ。

それはそうと、私にとても大きな影響を与えた本があります。
高橋克彦の『火焔』です。
この本との出会いが私の日本に対する思いや郷土に対する思いを大きく変えました。
そして、未だに行ったことのない東北へ強い憧れを抱かせてくれたのです。

皆様も、もし機会がありましたら『火焔』、ぜひ読んでみてください。


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心にゆとりを。

ゆとり教育を批判する記事を続けて書いた私はありますが・・・・

何も毎日時間とにらめっこしながら生活すべき、と言っているわけではありません。

心にゆとりをもつことはとても大切なことだと思っています。

心にゆとりがなければ自分のことでいっぱいいっぱいになってしまって、他のことなんか考えていられません。

心にゆとりがなければ他人にやさしくできません。
自然と言葉がきつくなってしまったり、他人の言葉を素直に受け入れられなくなります。あるいは耳を素通りしてしまいます。

心が落ち着いているからいろいろなことを考えられるし、他人のことを思いやることができます。

では、何が心を落ち着かせるのか。

人によって様々だと思いますが、私が一番大切だと思うのは“いかにプライベートが充実しているか”、ということ。

充実といっても、何か素晴らしい活動をしなくてはいけないということではなく、例えばパートナー(夫、妻、恋人)と一緒にいるときはとても楽しい時間を過ごせていたり、とても大切にしている趣味や活動があったり・・・
何でもいいのです。

それから、もう一つは「時間を大切にする」こと。

仕事でもプライベートでも、忙しくても暇でも、ただただ時間が過ぎて「気が付いたら夜だった」では、何も得るものがありません。

人生は有限です。

「忙しくて自分の時間がないんだよ」

いいえ、時間は自分で作るものです。ただ待っていても時間は過ぎていくだけです。


どちらも当たり前のことばかりです。でも、言われないと意識できないことでもあります。

心にゆとりをもっていることで、初めて他人にやさしくできます。

様々なことに興味を持てます。

他人の言葉を素直に聞くことができます。自分の非を素直に認めることが出来ます。


人間は、「生まれるときも死ぬときもひとり」かもしれませんが、たったひとりで生きていくことはできません。
自分の知らない間に他人を頼ったり、助けたりしているのです。

ひとりで生きていくことが出来ない以上、それなら他人と上手に付き合って生活したいもの。

そして、少しでも自分の人生を豊かにしたいもの。


みなさま、心にゆとりを。


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ゆとり教育の弊害

昨日書いた「くれない族」もゆとり教育の弊害ですが・・・

やはり学校教育から“競争”をなくしてしまったことが一番の間違いだったのではないかと思います。

厳密には、ゆとり教育が競争を意図的になくしたわけではなく、結果としてなくなっていた、という感じでしょうか。
「モンスターペアレント」などという言葉(人々)の登場や、教員のレベルの低下と相まって競争を避けるようになったんでしょうね。学校も苦情がいやで“事なかれ主義”に徹するようになった結果、「競争はやめましょうか」と。

私の義務教育時代の運動会では、徒競走でゴールした順に「1位」「2位」「3位」「4位」・・・

高校時代はまず校内の中間・期末試験で50位以内が総合と各教科ごとに貼りだされました。
声には出さずとも「また○○さんを抜けなかった」「結構がんばったはずなのに・・・」「よし、前回よりこれだけ上がった!」と、その度に次の試験に向けて闘志を燃やしたものです。

そして、大学受験に向けては全国模試を受け、自分のレベルを計り、どの分野が苦手なのかを把握する。

競争がすべてではないけれど、やはり自分がレベルアップするためのステップ台になっていました。

それが現在は、運動会ではゴールした順に「うさぎさん」「くまさん」「ぞうさん」・・・・なんです、それ?

試験の結果はプライバシーの侵害ということで貼りださない。

順位をつければ親が飛んできて苦情を言う。

苦情を言われた教師はうつ病になって休職、あるいは退職する。

なんだかおかしな教育現場になってしまいました。

こんな教育を12年間も受ければ、それはそれは打たれ弱い人間が育ちます。

いじめが増えました。どんどん悪質になっています。いじめによる自殺者も増えています。
心の痛みが分からない人間が増えてしまったのです。

今、若者の間に「新型うつ」なる新種のうつ病が問題になっています。

仕事の時間になるとうつ病になって、会社以外では元気元気!ディズニーランドにだって行っちゃいます。

そんなもの、小学生が学校に行こうと思うとお腹が痛くなるのと同じですよ。その子だって本当にそのときはお腹が痛いんです。

でも精神科医はそれを「うつ病」と診断して診断書を書いて、会社は休職扱い。

一生治りませんよ。

大切なのは薬ではありません。子どもの頃からのきちんとした教育、しつけ、社会勉強、それらを通して培われた忍耐力や向上心です。

何もしてこなかったことのツケが会社、ひいては社会に回っているのです。

昨年、精神科医による「新型うつ」に関する講演会に行きました。
もっともらしいことは話していましたが、結論は「会社全体が理解を示さなければ」ならないそうです。

精神科医はどうしてそう簡単に責任を会社だけに押し付けることが出来るのでしょうか。
会社で働いたことがないから、そういう人が1人いるだけでどれだけ周りが大変か、負担になるのか分からないのでしょうね。

個人的な見解ですが、おそらく「新型うつ」になる人々は、学校に通っているうちから形成されているのだと思います。
でも、学校ではあらゆる面で守られているので、とくに気にならない。
それが、社会に出ていざ自分の足で立とうとして初めて社会の厳しさに気づく。
普通はその厳しさにもまれながら少しずつ成長していくのですが、この世代は「どうしてわたしだけが・・・」となってしまう。

先のことですが、ゆとり教育が終了した後の世代が社会に出るようになったら、きっとこの「新型うつ」は減っていくのではないかな、と思っています。


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「くれない族」

最近、ゆとり世代が会社で「○○してくれない」を連発している、というニュースをよく見かけます。

会社の営業で顧客の家へ訪問したもののうまくいかないと「お客様が○○していただけませんでした」と報告書を平然と書く。

上司に対し「○○について教えていただきませんでしたのでできませんでした」と平気で答える。

会社ではこのような彼らの対応にほとほと困っている、というものです。

このニュースを見て、私は愕然とし、そして納得しました。

今、私が学校で教えている学生たちはまさにゆとり世代真っ只中で育った世代です。

一番「そんなことも考えられないのか?」と思うのは、やはり現場実習前の準備のときです。

例えば実習計画書の作成一つとっても、「どう書けばいいのか分からない」と言う。

実習先への事前訪問でどのようなことを先方と話してくるのか・・・「分からない」と言う。

初めて実習を担当したときには、「このくらい自分で考えてできるだろう」と学生に任せていたら何もできず、実習先施設との話もかみ合わず大変な目に遭いました。
学生に聞くと「だって聞いてなかったから」だそうです。

そこで、次はとにかく丁寧に指導することにしました。
「このくらいできるだろう」と思うこともやめました。
実習計画書は具体的な書き方を提示し、事前訪問で話す内容を紙に書いて渡す 等々・・・

そうすると、きちんとできるんですね。

丁寧に指導しようとするとどうしても資料が増えます。
なぜか学生は教科書を見ることをしないのです。持ち歩く習慣がないのです。

でも増える資料を見ては「こんなにある・・・」と不満を言います。

いちいち不満を聞くつもりはありませんので、その辺は無視ですが。

とにかく、このような状態で「少しでも良い状態で実習に送り出すためにはここまでしなくてはいけないのだろうか」と毎回自問自答するのですが、このニュースで納得しました。

まさに彼らは「くれない族」!!

まさにゆとり教育の弊害!!

何かを指示しても、ひとつひとつ具体例をあげなければ伝わらないのです。

こんな彼らもいずれ近い将来社会人になります。

どんなにゆるすぎる環境で育った彼らも、結局は最終学歴で会社(というか社会)に評価されます。

ということは、私にも責任があるということです。

気づいてしまった以上(笑)、会社・社会の「くれない族」にならないよう、今からしっかり指導していこうと思います


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東京都と尖閣諸島

昨日、石原東京都知事がワシントンにて尖閣諸島の購入に向けて調整を行っていることを明かしました。

私自身は尖閣諸島は日本の領土だと思っていますし、これまでの政府の弱腰にもほとほとあきれ果てておりましたので、今回の石原氏に対しては「よくぞ言った」と少々感動しております。

欲を言えば、外国であの石原節は出さずにいてくれたらなお良かったかなあと・・・今さらですけど。

石原氏の発言の中で、東京と国の関係について言及した部分がありました。

それについて、個人的に石原氏は好きではないのですが、さすがに都知事歴が長いだけって東京とのあり方をよく知っているな、というのが素直な感想です。

どういうことかというと・・・

東京は日本の首都であることで多大な恩恵を受けています。
ですから、国のために東京が動くということは当然のことだし、他の地方都市とは全く違うのです。

ニュースでは、都民に対して街頭インタビューをしており、いくつかの番組でその様子をみました。

都民の意見は「変なことに使われるよりいい、賛成だ」、「なぜ都民の税金で買わなければならないのか」、等様々です。しかし、この考え方によると「なぜ都民の税金で・・・」というのは筋違い。どれだけ首都であることの恩恵を受けていると思っているのでしょうか。

また、購入金額は明かされていませんが、副知事の猪瀬氏の言うとおり、寄付を募ればきっとかなりの額が集まるでしょう。

ほとんどの国民は尖閣諸島問題を苦々しく見ているのですから。

実際には石原氏の発言はあくまで政府を挑発するものであり、東京都は尖閣諸島を購入するつもりはありません。
しかし、石原氏の性格を考えれば、万が一国が動かなければ本当に東京都が購入に乗り出すと思います。
その場合、東京都では警察を配備することしかできず、やはり国が購入して自衛隊を置かなければ意味がないんです。

ただ、忘れてはならないのがこれまでの尖閣諸島が中国に好き放題にされてきた背景。

地権者のあこぎな考え方がに本当に腹が立ちます。

現在、地権者は国と賃貸契約の元、2500万円の賃貸料を受け取っています。
結局、地権者はこれがおいしすぎて手放す気にならなかっただけのこと。

なんだかんだと手放さなかった理由を述べていますが、「だったらなぜ自分の責任で中国に好きにさせたままでいたんだ!」と言ってやりたいところです。

中国の資本家までが土地購入の交渉に来ていたということですので、もしこの資本家が莫大な金額を提示していたら、ひょっとしてこの地権者はさっさと手放していたのではないか、とすら思ってしまいます。
(さすがにそれはないでしょうけどね)

とにかく、一刻も早く地権者は手放すべきだし、政府は中国・台湾に厳しく対応すべきなのです!!


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悲しい“笑い話”

樹木希林が出演している製薬メーカー「第一三共株式会社」の認知症治療のCM、結構いろんな場所で話題にでていますね。

私がいつもお世話になっている方のご主人が、軽度の認知症(私がお話をお聞きしている限りではおそらく年相応の物忘れ程度)で、もう何年もアリセプトを服用されています。

そのご主人が樹木希林のCMを見て一言。

「俺ももしああなったらこういうの飲めばいいかなあ」

それに対する奥様のお返事。

「大丈夫、もう飲んでるから」

ご主人。

「ああそうか。飲んでるのか」

このような会話をした、と“笑い話”としてお話を伺ったわけですが・・・

それぞれのご家族にはそれぞれのご事情やご関係があるので、その辺には触れませんが、少なくともこのCMはそれだけ影響力があるのですね。

私はあくまで第三者として奥様のお話をお聞きしています。

しかし、どうもそのお話からはご主人はご家族が気にするほどの認知症ではなく、単に年相応の物忘れとしか思えません。何せ79歳ですから。

けれど、一時期アルコール依存症になり苦労させられたことや、それに伴い一時的な知的機能の低下、身体機能の低下が受け入れ難く、結果としてきちんと意志の疎通もできる現在でも、何かにつけて「本当にボケちゃって・・・」となってしまうのです。

私はご主人とお会いしたことはありません。

ですから、私が持っているのはあくまで奥様を通してのご主人像です。

たしかに、いつも一緒に生活しているかぞくが認知症なのか物忘れがひどくなったのか、判断するのは難しいことです。

ただ、奥様は完全に認知症と決めてかかってしまっているので、お話の中では度々「どうしようもなくなっちゃって・・・」や「少しは理解できるらしい」といったような少し蔑んだような言葉をお聞きします。

奥様だから言える言葉、笑い話としての言葉なので、「そんなことおっしゃらずに」程度に聞き流してはいますが、本当はとても悲しく思います。

そして、笑い話だからとはいえ、このような言葉を聞くと、少なくとも他者は心から笑えないものなんだな、と身に染みます。

お世話になっている方ですので、このようなことは言いたくないし思いたくもないのですが、やはり「人の振り見て我が振り直せ」と痛感せざるを得ません。


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死刑制度と冤罪

現在、日本の司法制度における最高刑は死刑となっています。

私個人は賛成でも反対でもないのですが、現在の制度上最高刑が死刑であるならそれでかまわないと思っています。

つまり、もしも最高刑が無期懲役ならそれでかまわないということです。

世界的には廃止に向かっています。

現在、最高刑が死刑である国は日本以外ではイスラム教の国と中国くらいでしょうか。探すのが大変なくらい少ないですよね。

アメリカも州によりますがやはり死刑を廃止しているところも多いです。ただし、アメリカの場合判決が「量刑300年」などというとんでもない判決が下されるので、果たしてそれが無期懲役というのか死刑というのか・・・・
(300年といっても、薬の実験等への参加でどんどん減刑されます)

ただ、一つ言えることは、少なくとも現在の日本における最高刑は死刑、ということです。

例えば、ある2つの殺人事件があったとします。
一つの事件では、犯人が被害者に対してものすごい憎しみを抱いていて、「いかに苦しむ方法で殺してやろうか」と何年も計画を練り、実行したもの。
もう一つの事件は、自分の大切な人が殺されて、どうしても加害者が許せず犯行に及んだもの。

この2つの事件では、両方とも殺人事件ではありますが内容は全く違いますよね。

一つめの事件の犯罪者の方がより重罪に値すると思いませんか。

このような場合に死刑があるのとないのとでは大きく違ってくると思うのです。

だからこそ、死刑は重犯罪の抑止力にもなっているんです。

しかし、どうしても避けられないのが冤罪という問題。

死刑が執行されてしまったあとに、真犯人が見つかったら・・・・

どうにもなりません。

だからこそ、死刑制度反対の人が多いんですよね。

では、無期懲役が最高刑だったら・・・・

日本の財政はもっと逼迫するでしょう。

何せ、日本の刑務所は3食ついて居心地が良いということですので。

例えば、知的障害をもつ軽犯罪者は多いです。出所しても居場所がないからわざとまた万引き等して刑務所へ戻る。このようなケースは案外少なくありません。
るまた、じつは察自体が真犯人が見つからないときに「どうせ行くところないでしょう?」と、利用することもあります。
もちろん(?)暴力団も利用しています。

本当は、きちんと地域で生活できるように支援すれば犯罪に手を染めずにいられる人たちがたくさんいるのに、なかなか追いついていない現状。
これだけでもかなりの財政負担です。
ここに無期懲役が最高刑となったら・・・・・

大変なことになります。

というわけで、どちらが最高刑となっても良いと思うのですが、現行制度が死刑を選択していて、そのように判決が下されたのなら、法務大臣は逃げずにきちんと執行の印をしてもらいたい、と思っています。

また、「死刑」が最高刑である以上、裁判官、裁判員は、安易に世論に惑わされずに判決を下してもらいたいですね。
世論に流されるほど、正確なジャッジがしづらく冤罪にもつながりかねません。

最近の裁判員裁判はどうも世論に流されている傾向がありますもので


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もっとも公平な税金

おはようございます。

現在、消費税増税の議論で沸いています。

「イヤだけどやむを得ないこと」と考えている人が多いのではないでしょうか。

私はというと・・・・・

やはり増税やむなし、と考えております。

というのも、数ある税金の中で唯一公平・平等なものがこの消費税だからです。

日本の消費税率は低すぎる、とよく言われます。

他の国の例を見てみると

   スウェーデン 標準税率25%(食品にかかる税率6%、特定品目にかかる税率12%、6%、0)
   オランダ       19%(食品にかかる税率6%、特定品目にかかる税率12%、6%)           
   イギリス       20%(食品にかかる税率0※外食、菓子等20%、特定品目にかかる税率5%、0)
   フィンランド     23%(食品にかかる税率13%、特定品目にかかる税率13%、9%)
   中国         17%(食品にかかる税率17%、13%、特定品目にかかる税率13%)
   韓国         10%(食品にかかる税率10%)
   日本         5%(食品にかかる税率5%、特定品目にかかる税率なし)

日本が抜けて低いですね。

ここからは私の持論ですが・・・・

前述の通り、私は消費増税賛成です。

ただしこれには条件があるのです。

日本は消費税導入のときから段階的に引き上げています。まずは3%、次は5%、そして今度は10%・・・のように。

これ、商売を営んでいる人たちにはとても大きな負担になります。売っている全商品がいちいち値段が変わるのですから。

そういう意味で、どうせ上げるなら一気に上げるべきだと思っています。

そして一番大切なのが、消費税を完全に社会保障費に当てる目的税にしてしまうこと

企業からはもう十分税金はとっています。

なぜなら、一番とりやすいから。

もっとも平等な税金である消費税を上げ、社会保障は再分配なのだから、必要な人に必要なだけそこから分配すれば良いのです。

ただし、おそらく財務省が何かと理由をつけて手を加えるだろうことは目に見えているので、この場合は政治家がしっかり目を光らせること、もちろん国民はもっと目を光らせておく必要があります。

あとは、日本も税率を一律にせず、日常必需品は低く、車などぜいたく品は高く設定するべきだと思います。

そうすれば、お金持ちはよりたくさん納税することになりますよね。

そう考えると、そもそもすべての商品にかかる税率が一律であることがまずおかしい、とも言えますかね・・・・


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てんかん患者と運転免許

おはようございます。

先日の京都の暴走事故(事件?)は本当に悲惨でした。

最初にニュースを見たときは目を疑いましたよ。

まだ事故の内容がはっきりしないうちは数年前の秋葉原事件のようなものを想像していたのですが、どうもてんかん発作があったのではないか、という内容になりましたね。

「事故直前の容疑者が、すごい汗をかいてハンドルに突っ伏していた」という目撃情報をどこかで見ました。

最近はてんかんの患者がきちんと服薬しなかったために起こした事故が続いています。

てんかんは決して珍しい病気ではないし、私の周りにも結構います。

中には知的障害を持っているお子さんがてんかんも持っているため、親御さんが常に目を光らせているケースもありますが・・・

それでも、薬さえ飲んでいれば、このような大事故にはつながらなかったはずです。

てんかんと運転免許の関係について
2002年の道路交通法改正までは欠格条項の対象でしたが、現在では「2年間発作がなくその後も数年間発作が起きない、と医師が診断した場合等」は免許の取得・更新は可能となっています。

“薬さえ飲んでいれば運転可能”というのは、“眼鏡をかければ運転可能”と同じことを意味します。

しかし、今回の件で、ひょっとしたらてんかん患者についての運転免許について見直しがあるかも・・・・と、正直危惧しておりました。

が、どうも容疑者はてんかん発作による事故ではなく、意図的な犯行だったのでは、という見方が強まってますね。

タクシーに突っ込んだ後にその横をすり抜けたり、急加速したり信号待ちの車をすり抜けるように避けたり・・・・

発作が起きていたとはちょっと思えないですね。

「事故直前の容疑者が、すごい汗をかいてハンドルに突っ伏していた」という目撃情報っていったい・・・・

やはり何か突発的な衝動に駆られたか、あるいはそれこそ秋葉原の事件のような確信犯か。

そうなると、てんかん患者に対する運転免許の見直しはひとまず回避、といったところでしょうか。

いずれにしても、このようなことがこんなに頻繁に起こるようでは、日本の治安は悪いと言われても仕方ないですね。

欠格条項とは
憲法典及び法律において、欠格(けっかく)とは要求されている資格を欠くこと。


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生活保護受給者急増のワケ

こんばんわ。

先日の参議院予算委員会で、民主党の参議院委員桜井充氏と自民党世耕弘成氏が、生活保護急増の裏側に言及しました。

その中に、以前私も書いたことが含まれていたのですが・・・・

桜井充参院議員
「医療費の自己負担がないので、好き放題とは言わないが、(本当に)必要な医療だけなのか。大阪市では生活保護の人以外は看ていない病院が34ある。新薬を処方してもらったうえで、ネットで販売する貧困ビジネスもあると聞く。ここにメスを入れていかないと、相当、不公平感がある」


自民党生活保護プロジェクトチーム座長の世耕弘成参院議員
「自民党時代は若者が申請に来ても受けなかった。09年に民主党政権になって、これが一変した。年越し派遣村の村長・湯浅誠氏が内閣参与に入った。厚労省が通達で『窓口に来た人は、できるだけ早く認めよ』と出して、タガが外れた。09年度の生活保護費は2兆8000万円だったが、12年度は30%も増えた」
「生活保護の患者は、取りっぱぐれがないので病院にとっては最高のお客様だ。大きなモラルハザードが起きている」

財務省の政務三役経験者
「4500億円は削れるはず」

桜井氏、世耕氏、よくぞばっさり切ってくれました!!

湯浅氏の活動にはたしかに頭が下がります。
本も読みましたが・・・
彼の活動こそ「(広義の)ホームレス支援」とはいえ、生活保護受給者あっての活動に他なりません。
生活保護受給者がいるからこそ彼の活動が成り立つのですから。

生活保護受給者を増やさないために窓口で適当なことを言って追い返す(水際作戦)のも言語道断です。
しかし、申請に来たら誰でも保護決定するのと、本当に生活保護が必要な人を保護するのとは全く違います。
世耕氏の指摘するとおり、生活保護を申請したからといって、誰でもかれでも受理してしまうのはおかしい。何のために「資力調査」があるのか。誰でも保護が受けられるならそれはセーフティネットでもなんでもなくなってしまいます。

ただし、一方で、福祉事務所の水際作戦や強引に保護を中止してしまうことがあるのも事実です。
いくら地域差があるといっても、保護の基準が各福祉事務所によって地域差以上に差があるということです。

実際、生活保護制度といっても、国民が知りえない闇の部分がたくさんあります。

もっともっと生活保護制度のことを国民が関心を持ち、正確に理解し、状況を把握する必要があると思います。
そうすれば、今は気づかないことにも「それはおかしいのでは」と気づけるようになります。
市民の目が福祉事務所へのメスとなり、被保護者へのメスとなります。

貧困ビジネスも不正受給も、絶対にゆるしてはいけないことです。
必要以上に受給者が増えることもおかしな話です。

私たち国民が支えている制度なのですから!


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介護保険料値上げ

こんばんわ。

平成12年4月に介護保険法が施行されてから、今年度は第5期事業計画(2012年度~2014年度)において4回目となる保険料改定が行われました。

65歳以上の介護保険料は、高齢者の人口や介護サービスの給付実績などを基に、各市町村(+広域連合)が3年ごとに見直しています。

全国的にどうのような動向になっているのかというと・・・・・

厚生労働省の報道資料を参照してください→こちら
第4期に比べ、19.5%(4,160円/月→4972円/月)も上昇、そして今後も上昇傾向が続くでしょう。

そして、私の住む県内の65歳以上の保険料も発表されたのですが、全市町村の97%が引き上げとなりました。
しかも、保険料の上昇を抑えるため、余剰金などを積み立てた「介護給付費準備基金」を取り崩す計画だったり、すでに残高ゼロになってしまった保険者も。

この背景にはもちろんサービス利用料の増加があげられます。

そもそも・・・・・

介護保険制度、家族機能が低下した現代において、社会で介護を引き受けよう、という考えの下に創設・導入されました。
つまり、在宅介護を社会が手伝うことで可能にしよう、ということです。

ところが、措置制度から自由に施設と直接契約をする仕組みになったと同時に施設の待機者もどんどん増え、あちこちに同時に申し込む人がでてきました。

そして、どんどん高齢者福祉施設が増えました。最近、うちの近所でも新しい施設が続々オープンしています。

しかし、結局このままではパンクしてしまう、ということでまた在宅介護を強調するようになりました。

介護保険は、もともと障害者福祉制度(障害者自立支援法)と一緒にするか否か、という議論から始まっています。
しかし、おそらく先に医療保険と一緒になるでしょう。
次は障害者の保険ですね。
被保険者を増やす(→保険料をたくさん集める)にはこれが一番ですから。

介護保険制度を創設するにあたり、日本はドイツへ視察に行ったのは皆さんご承知のとおりです。
しかし、そこで何を視察したのかというと・・・・
ドイツへ「旅行」に行った官僚たちは、むしろ遊びまくって帰ってきたのです。
介護保険創設は誰のためだったのでしょうか。
ドイツへ遊びに行くため?

介護保険、医療保険、障害者福祉制度・・・・・
国としてはとにかく財源を確保したいために、国民の視線をそらすためにわざとくねくねと回り道をしています。
そんなことをしているからどんどん社会保障費が膨らんでいくのです。

これらの制度が一緒になるのは時間の問題です。
高齢者が増えることも、要介護者が増えることも、当の昔に分かっていたのだから、もっと早い段階で手を売っておく必要があったのに・・・・

日本は何かと後手後手にまわる国ですね。
「イエス」or「ノー」をはっきり言えない日本人ならでは、なのかもしれませんが・・・・


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「墓友」

こんばんわ。

最近、「○○友」という言葉を良く見かけます。

メル友、ブロ友・・・・・書き出そうと思ったら案外出てきませんでした(笑)

そして、今日は新たに「墓友」という言葉を知りました。

東京町田市のNPO法人「エンディングセンター」による「桜葬墓地」の特集をしていたのを偶然見たのです。

「桜葬」とは外柵や墓石を設けず、遺骨を土中に埋めて樹木を墓標とする「樹木葬」の一種で、桜の木をシンボルとすることから名付けられました。「桜葬」用のなだらかな土地は細かく区画分けされ、希望者は各々の区画を購入します。こうして同じ土地内でともに永眠する他人のことを「墓友」と呼ぶんだとか。

合同慰霊祭も、キリスト教式から仏式まで順番に行われていました。

生前から法人と契約しているため、一緒に埋葬される人たちとの交流があり、様々なサークル活動もあるそうです。

もともと日本は特に宗教にこだわりがある国ではない上、今の若い世代はお盆だから、正月だから、といってわざわざ墓参りのために帰省するケースが少なくなっています。

利用する理由にも「子どもたちが遠くにいるため負担がかかるから」、「嫁いだ娘に負担をかけたくない」といった内容がありました。

実際、墓地を見回してもコケだらけの墓石も少なくありません。

このような状態で、お墓にこだわるのも時代錯誤のような気がします。

集まったときには、利用者はお互いの時間を楽しく共有し、「この辺に主人がいるの。よろしくお願いしますね」と言えば「うちのはこの辺。こちらこそよろしく」と笑顔で話す。

この考え方は時代に合っているのではないでしょうか。

実を言うと、私の親戚で「母(私からみると祖母)の入る墓がないから建ててくれ。自分もそこへ入る」と言って強引に他の兄弟に金銭面の援助を要求したことがあります。

現在は祖母だけが新しいお墓に入っていますが、その親戚が入った後は・・・・その人の子どもたちは皆外国人に嫁いており、生活の拠点も主に海外。だれが墓石の管理をするのでしょうね。

ずいぶん前の話ですので、もしそのときにこの墓友のことを知っていたら、せめて祖母の生前に知っていたら、この話をしたのにな・・・・と今さら思うのです。

とはいえ、この「墓友」、案外すでに定着しつつある言葉だったんですね。

ちなみに、私自身は自然葬(家に育っている木)を希望しています


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人生90年

こんばんわ。

昨日、人生80年、と書いたばかりですが、最近では人生90年と言ってしまうのですね。
ちょうど新聞にそうありました。

2010年の平均寿命は男性79.64歳、女性86.39歳。

男性は四捨五入しても80歳ですが、女性は90歳。

・・・・・たしかにそう言って言えなくもないですね。

人生90年となると、人間の細胞は医療の進歩についていくのに必死ですね(昨日の日記参照)。
身体のあちこちに故障が起きない方がおかしいです。
それだけに全くお元気な方、本当に脱帽です。

町の中心から少しはずれた個人病院などでは、高齢者がわんさか来ています。
おしゃべりのために。
いえ、きっとご本人にとっては何か不具合があるのでしょう。
でも身体の進化が医療の進歩(→平均寿命の伸長)についていってないのだからそれは当たり前。

私は、田中角栄内閣時代の「福祉元年」、「老人医療費の無料化」制度は悪政だと思っています。
あまりにも目先のこと(選挙)しか考えない、悪政の代表です。
おかげでそのツケが後になってどんどん押し寄せています。

でも、自分のことしか考えない国民が多いのも事実。
年金をたくさんもらっている人は、たとえ現役世代に負担をかけていることが分かっていても減らされるのは嫌なのです。
昨年の子ども手当も、「そんなのいらない」と言っていた人が多かったのに、返還したという話は聞いたことがありません。

これからは人口は自然に減り、その中で高齢者が増え、生産年齢人口が減っていくことはずっとずっと前から分かっていたことなのです。

選挙では、例えば年金について現在を維持するなら高齢者の票は変わらないし、減らせば票は減ります。
でも若い世代はこのままでは自分の将来に希望が見出せず、マスメディアの操作も手伝ってどんどん政治離れしていきます。


国民はもっとしっかりメディアリテラシーを養い、日本の制度を正確に理解し、そして政治家は耳にやさしいことばかりでなく、痛いところにもメスをいれて全体のバランスをもっとていねいに見直す。

これが今求められていることではないでしょうか。

・・・・・いや、その前に、財務省の言いなりから一刻も早い脱却が先かな・・・・

「メディアリテラシー」とは
情報が流通する媒体(メディア)を使いこなす能力。メデ。ィアの特性や利用方法を理解し、適切な手段で自分の考えを他者に伝達し、あるいは、メディアを流れる情報を取捨選択して活用する能力のこと。


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なぜ認知症になるのか。

こんばんわ。

人生80年。
一昔前は人生50年。

2011年に100歳を超えた方の人数は24,952人になったそうです(不正がなければ)。

最近、ぎんさんの娘さん4姉妹をよくテレビで拝見するようになりました。
とてもお元気でいらっしゃって、驚くばかりです。

医療技術が進歩して、公衆衛生が整備されて、平均寿命がどんどん伸びました。

2010年の平均寿命は男性79.64歳(世界第4位:0.05歳伸)、女性86.39歳(世界第1位:前年より0.05歳下がった)となりました。
ちなみに世界の平均寿命は、男性が66歳、女性が71歳、男女平均が68歳。

平均寿命が伸びると同時に出てくる問題は認知症です。

認知症患者 2010年 226万人
    認知症患者数

どんどん増えてますね。

では、なぜ認知症になってしまうのか。

もちろん、器質的な原因があるものは別として。

ここからは私の持論なのですが・・・・

医療が進歩して、平均寿命はたしかに伸びたけれど、脳細胞がその進歩に追いついていないのではないか、と思うのです。
本当はまだまだ人間の脳細胞は50年が限度で、それ以上能力を維持するだけの進化をしていないということです。
だから、年齢を重ねるたびに忘れっぽくなるのだと思います。

このことに行き当たったとき、認知症という病気を素直に受け止めることができました。
年齢を重ねれば認知症は仕方ないんだ。
だって脳が限界を超えているのだから、と。

とはいえ、最近は前述のようにとてもお元気な高齢者が増えています。

私なりの良い年齢の重ね方は、ありきたりですが「老い」を素直に受け止めること、上手に付き合っていくこと、だと思っています。
「老い」は、誰でも認めたくないものです。年齢が若ければなおさらです。
でも、人生50年時代では、男性なら12~16で元服、女性なら10代で初産。
つまり、30半ばを過ぎたら初老といっても良い年齢。
人間の細胞はそれだけ早く老化がはじまっているのですから、いかに早い段階から上手に「老い」を受け入れることができるか、が勝負なのです。
それも「仕方なく」ではなく、「自然に」受け入れることが大切。

高齢の方でもきれいなお顔をされている方はたくさんいらっしゃいます。
個人的な見解ですが、そういう方は上手な年齢の重ね方をしている方が多いような気がします。
実際、ひねくれた考え方をする人は顔もひねくれてますし。
年齢が上なほどその人の人生が顔にでますよね。

ポイントは、「老い」と上手に付き合っていくこと、です


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生活保護受給者の自立支援

おはようございます。

先日の新聞で、生活保護受給者について「就労収入一部積み立て 厚労省 自立へ新制度検討」という記事がありました。

具体的な内容について・・・

「厚生労働省は6日、生活保護を受給している人が働いて得た収入について、その一部に相当する保護費を積み立てておき、受給生活からの自立後に基礎的な生活費に充ててもらう「就労収入積み立て制度(仮称)を創設する方向で検討に入った」とのこと。

そもそも生活保護は、最低限度の生活を営めなくなった理由を問わないことが明記されているため、本当に様々な状況の人がいます。

・生活保護を受給することにとても引け目を感じている人
・「国民の権利」として当然のように受給している人
・せっかく働く能力も働く場所もあるのに「これ以上働くと生活保護費が減らされる」と働くことに制限をする人
・こっそり保護費をタンス預金している人
・少しでも早く生活保護から抜けられるように必死で仕事を探す等努力をしている人
                                         等々
   
現在、生活保護受給者は209万人を超え、過去最多を毎年更新中で、近年は働ける現役世代が増えています。にも関わらず、保護が停止になるとそれまで払う必要のなかった社会保険料等の義務が課せられるため、自立生活に踏み切るのを躊躇してしまうケースが多いというのです。
今回の新制度検討では、とくにこの世代に対して、仕事を得て安定した収入を得られるようになり、生活保護が停止になっても自立した生活を維持できるよう、つまり極端な言い方をると「働ける世代(人)に対しては早い段階で保護を停止できる制度」を目指すわけです。

この新制度創設、私個人は賛成です。
なぜなら、生活保護をあまりにも軽く見ている人が多いから。
生活保護は勝手に湧いて出るわけではありません。
私たちが納めている税金から成り立っています。

生活保護の悪用の例としては、医療費が最もあげやすいでしょうか。
生活保護受給者が受診し、無料で薬を処方してもらいます。それを買い上げる人が別にいて、その処方薬を安く売るわけです。

このような実態があることを初めて知ったときには正直私も驚きました。でも本当に事実なのです。

このようなことが起きるのは、生活保護制度自体が嘗められているからとしか思えません。
もちろん、本当に必要としている人が福祉事務所の「水際作戦」により申請すらできない状況も問題です。
でもそれは、不必要に生活保護受給者、保護費用が増えていることも原因の一つなのではないでしょうか。

今後検討に入るこの新制度について、もちろん「就労収入があるならそれだけ早く保護を打ち切った方が良い」という意見もあるでしょう。しかし、“肺がんになってからの医療費よりタバコをやめるために通院する”方が安く済むのと同様に、就労収入を積み立てることで保護停止につながるなら、やってみる価値はあると思います。

それに、前述した“せっかく働く能力も働く場所もあるのに「これ以上働くと生活保護費が減らされる」と働くことに制限をする人”も減少することにも期待できるのではないでしょうか。


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「回転ドア現象」

おはようございます。

昨日の「ケネディ教書」の続きです。

ジョン・F・ケネディは1961年~1963年まで大統領を務め、任期中(1963年11月22日)に暗殺され、副大統領だったジョンソン氏が残りを引き継いでいます(アメリカでは任期中に大統領に何か起こっても選挙のしなおしはせず、副大統領が代行します)。

暗殺の裏側についてはここでは関係ないのであえて触れないことにします。

当時のアメリカでは、収容患者が1万人を超える巨大な郡・州立の精神科病院が精神科医療の中心でした。
1955年の州立精神科病院の総病床数は56万床だったとされています。
このような状況に対し、ケネディ大統領が精神障害者や知的障害者に対して「脱施設化」を促したのは、おそらく彼自身が移民出身で、つらい経験をしてきたことも影響しているのではないかと思います。
また、脱施設化が実施されたもう一つの背景には、「向精神薬」(クロルプロマジン;1954年より販売)による精神障害の飛躍的な軽減もあったでしょう。「この様子なら退院しても大丈夫!」と薬の力を過信してしまったんですね。

しかし、地域という壁のない場所での生活支援に対して、何の対策もないまま急激に脱施設化を進めました。
一度退院した患者は数十人以上を単位とする安いアパートや、まかないつきの下宿でした。しかし、結果として再発や病状の悪化を招き、入退院を繰り返したり、ホームレスになったり、といわゆる「回転ドア現象」(病院と地域をくるくると回る)を起こすことになってしまいました。


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「ケネディ教書」の意味

こんばんわ。

今日は午前中、雨が降り始めたかと思うと雪になりました。
寒かった・・・・とはいっても、もう真冬の寒さではありませんけど。

あまりにも気温が上がったり下がったりしているので、植物には相当堪えているようです。
この時期の植物は、やはり球根に限りますね近所でもスイセンやチューリップたちが雪が降ろうが風が吹き荒れようがすくすくと葉っぱや花芽を伸ばしていますよ

精神保健福祉の歴史について学んでいると、必ず出てくるのがアメリカの「ケネディ教書」。
このケネディ教書の説明として、どう述べられているかというと・・・・

例)『精神保健福祉士 専門科目』(ミネルヴァ書房)
「アメリカ第35代大統領ジョン・F・ケネディによる1963年の「精神病及び精神薄弱に関する大統領教書」。入院中心主義への批判と地域でのケアを提唱。これに基づき脱施設化政策が行われたが、地域ケアの準備不足などにより多くのホームレスを生む結果となった」とあります。

ここでポイントとなるのは「教書」。
「教書」について、きちんと理解できている人、案外少ないような気がします(私の周りだけかもしれませんが)。
アメリカでは、毎年1月下旬に一般教書演説が行われます。ここに大統領が議会に対して義務付けられた、連邦の状況についての報告及び政策提案が盛り込まれています。ゆえに、日本でも演説は必ずニュースで流れますよね。
大統領の国内政策や外交政策全般を盛り込んだ一般教書、予算教書(Budget Message)、経済報告(Economic Report of the President)を三大教書と呼び、ほかに特別教書(Special Message)があります。

精神保健福祉を学んだ人間には耳慣れた「ケネディ教書」という用語。
でも、この分野以外で大統領の名前をつけた教書なんて聞いたことも見たこともありません。
現在なら「オバマ教書」があっても良いのですが、そんなものないですよね。
つまり、この用語は誰かの造語、とも言えるわけです。
もし、この言葉を当たり前のように精神保健福祉分野以外の方と会話をしたら、恥ずかしい思いをしてしまうかもしれません。

故に、同じ畑の人間同士の会話なら問題ありませんが、日常会話として「ケネディ教書」について論じたり、他人にこのことについて説明する機会があるのなら“ケネディ大統領による「精神病及び精神薄弱に関する大統領特別教書」”ときちんと丁寧に説明する必要があると考えています。


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「分からない」に気づいたらラッキー!

こんばんわ。

今日はあちこちの小学校で入学式でした。
車での移動中、親御さんに連れられた小さなお子さんをたくさん見かけました。
学校では今までと違って、いろんな人、物、出来事に出会うでしょう。つらいこともあるでしょう。
でもそれだけ社会は大きいんだということ、その社会はみんなを応援してるんだということ、少しずつ少しずつ学んで、知っていって欲しいですね。

そして、私の勤める専門学校では授業が開始となりました。
同時に、本格的な精神保健福祉士(社会福祉士も)国家試験受験勉強の開始です。

そこで気づいたこと、というか改めて痛感したこと。
それは、各科目、担当する講師が同じだったり異なっていたりするわけですが、とにかく授業の内容が千差万別であるということ。
もちろん、たかだか90分を週に1回1年やった程度で教科書すべてを網羅するなんてことは不可能です。教科書の中のどの部分に力を入れるか、あるいはどういう進め方をするかは各講師に任されるているので、私自身がすべてを把握しているわけではないのですが・・・・
ただ、少なくとも今日の授業を通して、国家試験対策では1からていねいに復習(?)していくことの必要性を痛感したわけです。

一方で、国家試験合格を目指すからには学生自身の努力がもちろん必須です。
試験中に「こんなのやってない」、「こんな言葉初めて見た」では済まされないのです。
今、初めて見た言葉を見つけたならそれは本当に「ラッキー」なこと。試験の前に気づけたのだから。

大切なことは、「分からないことに気づくこと」、「苦手なことに気づくこと」ですね。
そして、気づいたらそれをそのままにせず、きちんと自分が納得できるまで調べるなり覚えるなりして、自分の“知識”に加えていってほしいと思います。


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精神保健福祉士 新カリキュラムへ

こんばんわ。

いよいよ新学期です。
今日は私の勤める専門学校では入学式が行われました。
そして明日からさっそく授業開始です。

わたしが今年度担当する科目にずばり「ザ・国家試験対策」が入っています。
科目名はもう少しかっこいいものですが(笑)

精神保健福祉士養成のカリキュラムについて、2年前の社会福祉士カリキュラム改正に続いてこちらも今年度から改正になりました。

変更内容

<旧科目>         <新科目>
精神医学          → 12.精神疾患とその治療 (60時間)
精神保健学         → 13.精神保健の諸課題と支援方法 (60時間)
精神保健福祉援助技術総論  → 14.精神保健福祉相談援助の基盤Ⅰ(30時間)
    〃         → 15.精神保健福祉相談援助の基盤Ⅱ (30時間)
精神保健福祉援助技術各論  → 16.精神保健福祉の理論と相談援助の展開 (120時間)
精神科リハビリテーション学 → 上の16に組み入れ
精神保健福祉論       → 上の16に一部組み入れ  
    〃         → 17.精神保健福祉に関する制度と福祉サービス (60時間)
    〃         → 18.精神障害者の生活支援システム (30時間)

ちなみに社会福祉士との共通科目
【社会福祉士との共通科目】420時間
 1.人体の構造と機能及び疾病 (30時間)
 2.心理学理論と心理的支援 (30時間)
 3.社会理論と社会システム (30時間)
 4.現代社会と福祉 (60時間)
 5.地域福祉の理論と方法 (60時間)
 6.福祉行財政と福祉計画 (30時間)
 7.社会保障 (60時間)
 8.低所得者に対する支援と生活保護制度 (30時間)
 9.保健医療サービス (30時間)
 10.権利擁護と成年後見制度 (30時間)
 11.障害者に対する支援と障害者自立支援制度 (30時間)

本校では、昨年度卒業生の社会福祉士のカリキュラムはすべて旧でしたので国家試験は大変でした。講義は旧、試験は新、なのですから。その代わり精神保健福祉士は講義も試験も旧でした。
今度の学年については、社会福祉士の講義は新、精神保健福祉士の講義は旧、になります。
つまり、試験対策は社会福祉士の講義・試験対策は新、精神保健福祉士の講義は旧、試験対策は新、にて行います。仕方ないですね。

カリキュラムが改正になると、当然講師陣も新たに勉強が必要になります。

試験対策で使用予定のテキストはミネルヴァ書房の『精神保健福祉士 専門科目編』です。
4500円で決してリーズナブルとは言えないのですが、欲しい資料がかなりコンパクトにまとめられており、問題集と合わせると思ったより使いやすいです。
しかも、今まで旧カリキュラムで勉強してきた人にとっては良いのではないかと思います。

社会福祉関係の試験対策と言えば中央法規の『ワークブック』を使用する方が多いのではないでしょうか。実際、私も学生時代に中央法規の『ワークブック』を使用しており、現在の学生も他の教員から他の資格についてワークブックを勧められたという話も聞きますが、私個人の感想としてはしっかり勉強する時期のテキストとしてはワークブックは役不足でした。後半の追い込みには良かったですけど。その点、今から国家試験に向けて勉強するためにはこのミネルヴァ書房の『精神保健福祉士 専門科目編』はかなりお勧めの1冊です。

来年1月の精神保健福祉士国家試験合格を目指す皆さん、一緒にがんばりましょう!!


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トラックバックテーマ 第1405回「桜にちなんだ食べ物で印象に残っているもの」

こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当ほうじょうです。今日のテーマは「桜にちなんだ食べ物で印象に残っているもの」です。この季節になると日本で颯爽と現れるのが「桜味」の食べ物!桜味ってそもそも何味なんですか!と思いながらもパッケージがかわいいものが多いのでついつい買ってしまいます。が、ほうじょうの中では残念ながら桜味の食べ物は何か期待していた感じと実際の味が違うので食べたいけど買わない!で...
トラックバックテーマ 第1405回「桜にちなんだ食べ物で印象に残っているもの」



私にとって桜にちなんだ食べ物といえば、やはり桜餅でしょうか。

いつも私がお世話になっている方が、よく買ってきてくださるのです。

桜色の皮には漉し餡、白い皮には桃色の餡が入っています。
とてもかわいらしくて、そこに集まっているメンバーはいつもありがたくいただいています。

ただ、そこで気になるのは餅をくるんでいる塩漬けにされた葉です。
そもそも桜は虫がつくので農薬をたくさん散布してあります。この葉を食べるのはいかがなものか、ということです。
たいていの場合は気にせず食べてしまいますが、毎年買ってきてくださる方のご主人は必ずはがしてから食べる、とのこと。
ただ、これについてはその場の雰囲気もありますので、どちらが正しい、ということはないですよね。

どんなにこだわりがあっても、その場の雰囲気を壊してまでそれを貫く必要はない気がします。


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私の実習体験⑤・・・事前学習の大切さ

こんばんわ。

私の実習体験⑤です。

とにかく、3週間の精神科病院は、とても充実したものでした。
それまでの特別養護老人ホームとは雲泥の差です。

精神科病院実習では、退院が近い患者さん数人を予めピックアップしてくださっており、その中の1人と主に関わることで患者さんの入院~退院までの流れに関わらせていただきました。
私は、ピックアップしていただいた患者さんの中からある女性患者さん(統合失調症)を選ばせていただき、その方とは本当に仲良くさせていただきました。「この時間はとくに予定がないから自由にしていいよ」と言われると、いつでもその方のお部屋へ伺っていました。結局、その方は私の実習が終わった後に退院となり、アパートへ移られたので、退院には立ち会えなかったのだけが残念でした。でもこればかりは仕方のないことです。
また、経過を追う以外にも様々な実習をさせていただきました。
  作業療法
  病棟のレクリエーション活動
  (前回も書きましたが)メンタルクリニック
  市内の作業所
  精神科訪問看護
  病院内の他職種の方の講義
  診察への同席
                                    等等

印象的だった内容はいくつかありますが、中でもとくに驚いたのは、“パチンコ”への依存のために診察に来ていたご夫婦でした。
「パチンコへの依存も精神科なんだろうか」という疑問は離れず、指導者にうかがいました。指導者からの回答は「カウンセリングの要素が大きい」とのことでしたが、薬の処方はどうだったんでしょうかね。その時の私はまだまだそこまで頭が回らなかったのが残念です。
また、社会保障の制度についてほとんど無知に近い状態でしたので、急遽医療保険へ加入していない患者さんが搬送されてきたときの対応を、きちんと記録に残せなかった悔しい記憶もあります。
やはり、何事も事前学習は大切なことです。

それから、今思い出しても恥ずかしいことを指導者に話したことがあります。それは精神障害に対する考え方です。実習の中盤だったと思いますが、「精神病とは風邪のようなものでしょうか」と言ってしまった事。
今ならそのような質問するはずもないのですが、当時の私はまだまだ精神障害がどんなものなのか、分かっていなかったのですね。こんなに素晴らしい実習を提供してくださった病院、指導者に申し訳ないです・・・・

実習は、学校で学べないことを学ぶ場ですので、すべてを把握・理解している必要はもちろんないのですが、それでも実習生としてある程度の事前学習をしておくことは、実習指導者の手間を省くだけでなく、自分が何を理解できなくて何が理解できているかということを分かっているためスムーズに実習に臨むことが出来ます。

だからこそ、現在の私は学生に対してとにかく事前学習はしっかりするように話し、さらに時間が許す限り授業のなかにも取り入れるようにしているのです。


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私の実習体験④・・・運命の出会い

おはようございます。

週末、急に花粉症のピークが来ました。世間ではもう8割がた終了だということですが・・
私が花粉症(杉)を発症したのはなんと就学前。4歳ごろで診断されました。
それ以来、ずっと毎年お付き合いしております。
長年の経験から得たこと。
それは、花粉症は杉が多い場所ではなく、空気の悪いところでこそ発揮される、ということです。
山へ登れば杉だらけの場所でもさわやかに過ごせますし、杉などどこにも見当たらない都会で過ごせば一瞬で悪化します。
つまり、花粉症というものはおそらく空気汚染とともに始まったもの、のような気がしてなりません。

「私の実習体験④」です。

さて、熱発しながらもどうにか2週間の社会福祉士の実習を終えた私は、その翌週から3週間の精神保健福祉士の実習へ臨むことに。
実習場所は「精神科病院」で、社会福祉士の実習を行った特別養護老人ホームのかかりつけ医ともなっている場所でした。
まだまだ精神保健福祉士という国家資格がはじまったばかりで、その病院での実習生の受け入れは私が初めてでした。その病院にはPSW(PSW:Psychiatric Social Worker=精神科ソーシャルワーカー)は4名、内有資格者が2名でした。そして、女性のPSWが実習指導をしてくださったのですが、この方との出会いがその後の私の人生を決定付けたほど、ここでの実習は私にとって本当に素晴らしい内容のものでした。
その精神科病院では急性期病棟(閉鎖病棟)、療養病棟、認知症治療病棟がありました。基本的には療養病棟の患者さんとのかかわりがメインでしたが、ほとんど自由に活動させていただいたし、近くの作業所へ連れて行っていただいたり、週末には同じ法人のメンタルクリニックでも活動させていただきました。
「初めての実習生」にもかかわらず、本当に丁寧に指導していただいて、今でもとても感謝しています。

どのような目的を持つ実習であっても、誰が実習指導者かによってその実習内容は大きく異なります。
その点で私は本当に恵まれました。
だからこそ、自分が教える学生たちがどのような実習指導を受けているのか、さらにその指導を学生がどう受け止め、生かすことができているか、ということは実習担当者としてはとても注意していることであり、時には指導者に対してご迷惑を承知で丁寧なご指導をお願いすることもあるのです。

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山村福ノ助

Author:山村福ノ助
社会福祉士・精神保健福祉士有資格。現場から少し離れたことによっていろいろなことが見えてきました。

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